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草原演義  作者: 秋田大介
巻七
390/783

第九 八回 ②

インジャ四頭豹を(おそ)れて奇人に(はか)

ギィ盤天竜を迎えて故旧を(もと)

 そのチルゲイはというと、東原で神行公(グユクチ)キセイから情報を得ると、あわてて西帰の途に就いた。一散に駆けてジョルチ部に立ち寄る。そしてここ一年の政変について(わめ)き散らしたが、サノウが中途で制して、


「その件についてはジュゾウから聞いた」


 奇人はがっかりして、


「何だ、知っていたのか。それにしてもあの亜喪神ムカリが一万騎(トゥメン)を擁するとなると、こいつは難敵だぞ」


 ジョルチの諸将は虚を衝かれる。なぜなら彼らは亜喪神を実際に見たことがなかったから、あまり重視していなかったのである。セイネンが言った。


「それよりも四頭豹とどう戦う(アヤラクイ)か……」


いや(ブルウ)、亜喪神を警戒しろ」


 チルゲイはむきになって答えた途端に笑いだす。サノウが不興も(あらわ)に言った。


「何がおかしい」


「ははは、互いに異なる敵人(ダイスンクン)の恐ろしさを知っているなら、それを共有したほうが賢明(ボクダ)だ。どちらが難敵かを言い争っているときではなかった」


 それを聞いて諸将は(クチ)()ける。インジャも笑って、


「奇人殿の言うとおりだ。(ブルガ)は智に四頭豹、武に亜喪神があるということだ。我々は互いに足りないところを補って(ソオル)に臨まねばなるまい」


 サノウがますます険しい(ヌル)で、


「まことに亜喪神がその(エチゲ)たる喪神鬼イシャンほどの猛将(バアトル)ならば、ことは容易(アマルハン)ではありません。彼を先駆け(ウトゥラヂュ)に十万の兵が一群(スルグ)となって寄せ来たらば……」


「おっと、それはどうかな?」


 発言を遮ったチルゲイにみなの注目が集まる。


「奇人殿、どうかされたか?」


 インジャに答えて言うには、


「軍師は『一群となって』と言ったが、実のところヤクマンの八旗軍(ナェマン・トグ)はひとつにはなれますまい」


「どういうことだ」


 セイネンが問う。あわてるなと言わんばかりに(ガル)を振ると、


「八旗のうち幾人かの将領は四頭豹に心服するものではない。以前、ジョナン氏の超世傑ムジカについてお話ししたことがあるかもしれません。彼は四頭豹の奸智を警戒していましたが、止める術もないままやむなく八旗に組み込まれたそうです。つまり兵制の上では四頭豹独りが十万騎を自在(ダルカラン)に操れるように見えますが、内実(アブリ)はそうとは限らないのです」


 さらにキセイから聞いた話をもとに、四頭豹に(くみ)せぬものとして、神風将軍(クルドゥン・アヤ)アステルノ、紅火将軍(アル・ガルチュ)キレカ、碧水将軍(フフ・オス)オラルの名を挙げる。


「この四人はいずれ勝るとも劣らぬ好漢(エレ)。心ならずも従っているものばかりだそうです。彼らが八旗に任命されたのも、四頭豹自身がそれを知っていて懐柔と牽制の(オロ)を込めたものと思われます」


 おうと座はどよめく。インジャが言うには、


「奇人殿はヤクマンの内情に通じている。心強いかぎりだ」


いえ(ブルウ)、私などよりも神道子のほうが事理(ヨス)に通暁しております。そこで提案があります。来年の出師に備えて、合同の軍議を開きましょう」


 インジャは即座に賛成して言った。


すばらしい(サイン)日程(ウドゥル)はウリャンハタのカンに合わせよう」


「では(ナマル)にはタムヤで相見(あいまみ)えましょう」


 チルゲイは一泊したのち西原へ帰っていったが、この話もここまでにする。




 ここで(ニドゥ)を南方に転じることにする。マシゲル部は獅子(アルスラン)マルナテク・ギィの善政の下、かつてのタロト部の牧地(ヌントゥグ)でじっと力を蓄えてきた。敗戦(注1)以来六年、家畜(アドオスン)の数は()え、(ようや)く軍備も整ってきた。


 これを(たす)けるのは、外には蓋天才ゴロ・セチェン、内には瓊朱雀(けいしゅじゃく)アンチャイ・ハトン。兵を率いるは(バラウン)迅矢鏃(じんしぞく)コルブ、(ヂェウン)に客将たる赫彗星ソラ。内廷を治める輔は賢夫人ウチン、赫大虫ハリンといった陣容。


 かつての強盛にはまだ及ばないが、マシゲルはすっかり安定を取り戻していた。しかし「好事魔多し」と謂うとおり、彼らは再び災厄に遭うことになる。


 心地好い(ゾン)のある(ウドゥル)のことである。それはクルベイ氏のアイルを突然襲った。クルベイはかつてバラウンジャルガルが治めていた氏族(オノル)である。バラウン出奔後はしばらくギィの直轄下にあったが、今はソラに預けられていた。


 一人の牧民(ホニチド)(ホニデイ)を追っていたところ、地平の彼方に濛々と砂塵の舞い上がるのを見つけた。(いぶか)しく思って眺めているうちに砂塵はどんどん高くなり、ついにその中から黒い一団が現れた。それは徐々に形を(あらわ)す。牧民はみるみる青ざめた。


「て、敵襲だ!」


 あわててアイルに戻ってソラのゲルに駈け込む。報を聞いたソラもさっと顔色を変える。


「何だと!? どこの兵だ」


「判りません。しかし(コセル)を埋め尽くすほどの大軍です!」


早馬(グユクチ)をオルドへ。人衆(ウルス)は退避! 軍装を整えたものから出陣!」


 すばやく(カラ)を下して、真紅の鎧に身を包む。(ウルドゥ)(つか)んで飛び出すと、


「急げ! アイルを守れ!」


 叫びながら彗孛(すいはい)(また)がって駆けだす。戦に出ないものは家畜を追って逃げはじめる。ソラの周囲にぽつぽつと騎兵が集まってくる。敵影を望んで、ソラは我が目を疑った。思わず叫んで言った。


「あれはっ! ()()……!?」

(注1)【敗戦】カラバルの同士討ちによって、ムジカに敗れたこと。第三 九回①参照。

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