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草原演義  作者: 秋田大介
巻一
39/783

第一 〇回 ③

コヤンサン便(すなわ)ち泥酔して大いに神都を賑わし

ハツチ()た不運にして俄かに冤罪を受く

 と、そこでサノウが言うには、


「それはそれとして、その酒乱先生にはちょっと興味があるな」


「おいおい、何を言う」


「私の名をどこで知ったかも聞きたい」


「わざわざ忠告してやってるのに何て奴だ。よせよせ、ろくなことにならんぞ」


「問題ないさ。草原(ケエル)に行く気などさらさらないし、まさか(さら)おうっていうのでもあるまい」


「君ってやつはくだらない(ソニルホルグイ)ことには……」


 そうぼやきかけたときであった。何やら外が騒がしい。


「おや、何かあったらしいぞ」


「まったく騒がしい(ウドゥル)だな」


 立ち上がって表に出てみると、通りを大勢の人が駈けていく。一人を(つか)まえて、


「おい、何があったんだ?」


「酒屋のチュイク婆さんが殴られたんですよ。それがまたひどい話でして」


「どういうことだ」


「突然やってきた酔漢がですね、さんざん飲み食いした挙句、代金を払えと言うと『そんなものはない』とて婆さんを殴るわ蹴るわ、おかげで婆さんは虫の息、勢い余ってほかの(ヂョチ)にまで(ガル)を出す始末。(サーハルト)の爺さんが訴えて、さっきやっと捕まったとか。そいつが役所へ連れていかれるというので、(ヌル)を見にいこうとしていた次第で」


 これを聞いたゴロは即座に思い当たって言うには、


「やあ、そいつは(くだん)の草原の阿呆(アルビン)に違いない。ははは、見に行ってみるかい?」


 サノウはしばらく考える風であったが、やがて頷いて、


「そうだな、よかろう」


「たいした物好きだな」


「嫌なら君は来なければいい」


「行くさ。あの阿呆の顔を見て笑ってやるんだ」


 話がまとまったので二人は役所のほうへと向かった。少し行くと大勢の人だかりに出くわした。ゴロは生来の図々しさを発揮して人混みを掻き分けると、サノウを伴って最前列に出た。そこで二人は跳び上がらんばかりに驚いた。


 役人(ドゥシメット)が捕縛した男を連行しているのは聞いたとおりだが、その顔を見れば何と長髯(オルトゥ・サハル)偉丈夫(エレ)、ハツチ。


「ど、ど、ど、どういうことだ!」


 ゴロは手近の役人に詰め寄った。


「我々にもよくわからんので。ただ命令(カラ)どおりにしているだけで……」


 首を振るばかりで話にならない。


「ちょっと待て。少しこいつと話をさせろ」


いや(ブルウ)、いくらゴロ様でもそれは……」


 すかさず懐中(エブル)より銀錠(スケス)を取り出して握らせる。


「お前らには関係ないことだ」


 すると役人たちは、


(ホオライ)が渇いたな。少し休んでいこう」


 そう言って、ハツチも連れて手近な酒楼に入る。ゴロとサノウも当然のようにあとに続く。席に着くや、ゴロは不満も(あらわ)に、


「おい、君がそんな罪を犯すとはがっかりしたぞ」


 長髯の好漢(エレ)はたちまち色を成して、


「わしは何もしておらん!」


「何もせぬ奴が捕まってたまるか。チュイク婆さんに何の恨みがあったんだ」


「誤解している! 婆さんを殴ったのはわしではない。あのコヤンサンだ! わしがそんなことするわけがなかろう」


 ゴロはぽかんと(アマン)を開けてハツチの髭面(ひげづら)を眺めていたが、やがて言うには、


「……では、なぜ君が捕まるんだ?」


「わしも最初はわけがわからなかったが、こういうことらしい……」


 ハツチが話したところはこうである。


 コヤンサンはハツチに見放されたあと、従者(コトチン)とも別れてふらふらと徘徊していた。そこに(ハマル)をくすぐる芳香、誘われるように入っていったのがチュイク婆さんの酒屋。


 どっかと腰を下ろすと片端から注文して飲み続けること半刻、十分に酔っ払ったので片手を振って礼を言い、すっと立ち去ろうとした。


 婆さんのほうはたまったものではない。(カンチュ)つかんで代金を請求したところ、そんなものを持っているはずもないのでたちまち口論になった。


 明らかに非のあるコヤンサンが、口で勝てる道理(ヨス)もない。旗色が悪くなったコヤンサンは、えいとばかりに婆さんを殴る。あわれ婆さんはすっ飛んで(ハナ)に叩きつけられて泡を吹く。


 あとは当たるを幸い、手当たり次第の大暴れ。(シレエ)は倒れ、椅子は転び、止めに入ったものは鼻を潰され、手を折られ、店内は阿鼻叫喚の巷と化す。たまらず隣の爺さんが役人を呼び、寄って(たか)って押さえつけた。


「そこまでは我々も聞いた。それと君が捕まったこととはどういう関係がある」


「そこなんだ。あの阿呆め、役人に囲まれたときに(うそぶ)いて言うには、『俺を捕まえてみろ、草原から雲霞のごとく大軍が押し寄せ、こんな(バリク)は半刻で抜かれようぞ!』……これを聞いた役人は驚いて上に報せたわけだ。兵事となれば(おろそ)かにはできぬ。詳しく(しら)べるまでもなく、わしはついさっきまで一緒にいたから仲間(イル)と疑われて捕まったと、まあそういうことらしい」

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