第九 八回 ①
インジャ四頭豹を怕れて奇人に諮り
ギィ盤天竜を迎えて故旧を索む
さて奇人チルゲイは、神箭将ヒィ・チノにジョルチ部との同盟を勧めた上で、神道子ナユテより預かった書簡を示す。
以前、ナユテに将来を占ってもらったことがあるヒィ・チノはもとより博覧強記、その内容を完全に記憶していた。すなわち「主星を輔ける天将の星を負っている」というもの。
書簡には五年以内に主星を見つけるよう書かれていた。そこでチルゲイが理を尽くして主星について考察したが、ヒィはひと声唸って考え込む。
それから彼らは数日ナルモントに逗留して東原の好漢たちともすっかり親しくなった。いよいよ河西に帰ることとなり旅装を整えているところに、白夜叉ミヒチがやってきて言うには、
「ハーンがお呼びだよ。ほら急いで行った、行った」
追い立てられるようにオルドへ行けば、ヒィが上機嫌でこれを迎えて、
「帰る前に紹介したいものがいる。ムルヤム氏族長にして、我がナルモントの南伯たる隻眼傑シノン・コムトだ」
シノンは立ち上がって拱手する。見れば堂々たる偉丈夫。その隻眼は尋常ならざる光を宿している。胆斗公ナオルらはおおいに喜んで挨拶を交わす。
酒食が運ばれて自ずと送別の宴が始まる。和気藹々と宴は進んだが、ふと司命娘子ショルコウが神道子の卦について話せばシノンが聞き咎めて、
「それは何の話だ。主星がどうのこうのと」
そこで経緯を仔細に語れば、みるみる顔を曇らせる。やがてふっつりと黙り込んでしまった。
「どうかしたの?」
ショルコウが問えば、はっとした様子で、
「いや、何でもない」
あわてて杯を干してごまかす。なぜこのような反応を示したのかはいずれ判ることゆえ、今は述べない。ほかには特に語るべきこともなく散会となる。
翌日、ナオルら一行は出立することにしたが、独りチルゲイは、
「私は神行公の帰還を待って、報告を聞いていく」
とてあとに残った。ナオルらは小金剛モゲトの案内で北行して、ズイエ河に用意された舟に乗り込んだ。神都を避けて中原へ向かうためである。途中格別のこともなくズイエ河を越えたので、礼を言ってモゲトと別れる。
まずはベルダイ氏のアイルを目指す。霹靂狼トシ・チノから一夜の歓待を受けると、ここで石沐猴ナハンコルジとも別れ、一路ジョルチン・ハーンの待つオルドへ帰る。
赤心王インジャは三人をおおいに労う。ナオルが東原の様子を詳細に語れば、おおいに感心して言った。
「神箭将の名は轟いているが、まことに英主である」
また神道子の話を聞くと慨嘆して、
「そのようなことがあったのか。神箭将の主星たるほどの人であれば、私もぜひお会いしてみたいものだ。まことに草原に安寧をもたらす英傑なら、私も喜んで一身を捧げよう」
それを聞いたナオルは、心に思ったことがあったが口には出さなかった。何を思ったかといえば、「主星」とはまさに義君インジャその人を指すのではないかということ。
先にチルゲイもその可能性を論じてみせたが、それはむしろどうでもよい。神箭将にとってはいざ知らず、少なくともここにあるすべての好漢にとって「主星」はインジャ以外に考えられない。
今、ジョルチに与する好漢諸将は三十人ほどあるが、その誰もが乱世に翻弄され、数奇な運命に導かれて投じたものたちである。ほかのみなもそう思ったものか、インジャの言葉に応えるものはなかったが、この話はここまでにする。
さて、三部族会盟において交わされた条項のうちで、もっとも重要なのは、もちろん「ヤクマン部を三年以内に連合して伐つ」というものである。会盟から一年、彼らはその実現に向けて動きはじめた。
飛生鼠ジュゾウはすでに南原へ間者として潜入している。各地で兵衆の訓練が盛んに行われ、武具や軍馬も調えられ、その充実ぶりは著しい。将兵の意気はテンゲリを衝かんばかり、誰もが出陣を待望している。
オルドには知謀の士が集まり、日々軍略が練られている。中心となるのは獬豸軍師サノウ、百策花セイネン、長韁縄サイドゥ、百万元帥トオリルらである。
南原の現状を知るにつれて彼らは驚愕したが、何と言っても驚いたのは四頭豹ドルベン・トルゲが丞相となって軍民を統べたことである。ジョルチ部にとっては、公子粛清やジャンクイ立太子などよりも、そのほうが重大事であった。
新設された八旗軍の兵力は総じて十万、それをあの奸智の主たる四頭豹が自在に動かせるのは、脅威以外の何ものでもない。
もとより彼らは、八旗のうちに四頭豹の支配に不満を持つものが数多いることは知らなかった。それを知るには奇人チルゲイの知見を待つほかない。




