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草原演義  作者: 秋田大介
巻七
388/783

第九 七回 ④

チルゲイ東原を訪れて神箭将に策を語り

ナユテ書簡に託して飛虎将に命を伝える

 チルゲイはさらに尋ねて、


「ほほう。では(ホイル)の句は?」


 ヒィ・チノは(フムスグ)(しか)める。


「それは判らぬ」


「では『主星』とやらには出会ったか?」


「それもまだだな」


 にこりともせずに答えれば、チルゲイは嬉々として、


「それはまずい! 神道子は言わなかったか? 卦に逆らえば(クトゥグ)は転じて禍となり、身を滅ぼすと」


「言ったが……?」


 何を言い出すのかと警戒している様子。


「君は今やハーンとして東原に覇を唱えようとしている。だが、そのまま主君(エヂェン)たれば卦に(そむ)くぞ。ふふ、君とて彼の占卜の威力を知っているだろう」


 傍ら(デルゲ)のショルコウにはさっぱりわけがわからない。かまわず続けて、


「君はそろそろ主星を探さねばならん。少なくとも、あと五年以内に主星に巡り合う必要(ヘレグテイ)がある」


 断言してにやりと笑うと、


「それが神道子の言葉(ウゲ)だ」


 ヒィはううむと唸ったきり考え込む。ショルコウもまた眉を(ひそ)めて、


「どうしたのです。たかが占卜ではありませんか。なぜそう深刻に受け止めるのですか」


「司命娘子は神道子を知らないからな。彼の予言(ヂョン)はいまだかつて外れたことがない。彼がそう言うなら、そうしなければならないだろう」


 ショルコウは唖然として(アマン)(つぐ)む。


 常々、ヒィは巫者(ボエー)卜人(トルゲチ)の予言を、妄説と断じて嫌っているのである。その思考は道理(ヨス)を基としており、怪異を語るものは人衆(ウルス)を惑わすとして罰するほどだった。


 ヒィ・チノは彼女が疑念を抱いているのを察して、ふと笑うと、


「神道子は妄語を(もてあそ)ぶ輩とは違う(アディルグイ)。そもそも俺が巫者どもを嫌うのも、神道子のごとき真の(ウネン・)技能(エルデム)を知っているからだ」


「ならば話は早い。主星を探そう」


 奇人が快活に言えば、苦笑して、


容易(たやす)く言うな。お前には良策があるのか」


「ふふふ、神箭将(メルゲン)よ。君だって少し考えればわかる。ヒィ・チノの主星ともあろうものが、いまだ寸土も持たず世間(オルチロン)に埋もれているということがあろうか。すなわち草原(ミノウル)に割拠する群雄の中にこそ、君の主星がいると考えるのが順当ではないか?」


「ううむ」


「ま、実際は違うかもしれぬ。しかし主星を(もと)めんとするなら、まずは群雄を当たったほうが理に(かな)っている」


「まあな。俺だって突然平民(カラチュス)を上に戴くことができるとは思わん」


「そうだろう。では考えてみよう。第一に君はまだ主星には出会っていない。なぜなら神道子によれば君は『主星に出会えば自ずから宿命(ヂヤー)を悟る』ことになっているからだ。つまり、かつて知ったるものはみな除外してよい。すなわち東原に主星はいない。奸人ヒスワ、鎮氷河エバ、楚腰公サルチンなどだ。加えて中原の雄、マシゲルのギィ、ヤクマンのムジカ、アステルノ、そしてここにいるナオルも除こう」


「なるほど」


「となれば残りは少ない。君の知らぬ群雄は数人。ジョルチの義君インジャ、タロトの通天君王マタージ、我がウリャンハタの衛天王カントゥカ。それからクル・ジョルチのハヤスン、ヤクマンの英王トオレベ・ウルチ、ダルシェのタルタル・チノ。これぐらいなものではないか」


 さらに続けて、


「このうち、ハヤスンは消そう。彼は上卿会議の傀儡に過ぎず、ヒィ・チノの主星たる輝きはない。トオレベ・ウルチとタルタル・チノも不適格だ。これを主星と仰ぐのは義に反する」


「ちょっと待った。随分乱暴だな。()()()()()とは主観に基づく判断ではないか」


 ところがチルゲイはひらひらと(ガル)を振ると言った。


「おっと私が云う『義』とは何も徳目の話ではないぞ。神道子の四句の第二句を見よ。『義に()いて万氏を制す』とあるだろう。殊更(ことさら)に『義』を持ちだしたのはそれがあるからだ。この句はきっと主星のことを指している。だから不義の世評ある二人を省くのだ」


「ふうむ、まあよい。ということは……」


そう(ヂェー)。インジャ、マタージ、カントゥカの三人が残る。これは先にタムヤで会盟した三君だ。だから君は我らと早く結んで、その中に主星があるかどうか確かめればよい。たとえ見つからなくとも、先に言った『遠交近攻』の利を得ることができる。もし主星が見つかれば神道子の卦にも(そむ)かぬ」


 ヒィは腕を組むと、


「うまく騙されている気がするぞ」


 チルゲイは大笑して、


「ははは。なぜ君を騙さなければならないのだ」


「まあ、それはそれとして中原と結ぶことは一考に価する。ただいかに神道子のものとはいえ、占卜を理由に部族(ヤスタン)を動かすことはできぬ」


「それはそうだ。もちろん私が同盟を勧めるのも占卜のためではない。ただ主星を(もと)める一助にもなるだろうと言っているだけだ。もしかすると君の主星はいまだ隠れているのかもしれんしな。草原(ミノウル)の民ですらないかもしれん」


「さすがにそれは……」


 そこで傍らからナオルが言った。


「チルゲイの云う『義』が必ず人を指すとは限らぬではないか。また句自体が主星とは関係のないことかもしれないだろう」


「ははは、胆斗公(スルステイ)にはいつも教えられる。君の言うとおりだ」


 一同は欣然として笑う。


 そもそも三部族(ゴルバン・ヤスタン)会盟にナルモントも加えるというのは、奇人と神道子の策であったが、今巧みに占卜に(から)めて神箭将に訴えたのである。


 しかしいざ会盟となれば部族(ヤスタン)の将来を定める一大事、いかに神箭将といえども即答はできぬこと。だがもし盟約が成れば、草原(ミノウル)の情勢を揺り動かす壮挙であることは疑いようもない。果たしてこの件はいかなる顛末を辿るか。それは次回で。

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