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草原演義  作者: 秋田大介
巻七
387/783

第九 七回 ③

チルゲイ東原を訪れて神箭将に策を語り

ナユテ書簡に託して飛虎将に命を伝える

 ヒィ・チノはそれを聞くと腕を組んで言った。


「そんなことではないかと思っていた。しかしウリャンハタのお前がジョルチとの同盟を勧めるとはいったい……」


「君も知っていると言っただろう。ジョルチ、タロトと我がウリャンハタは(アカ)(デウ)の関係だ」


「なるほど」


 さらに熱心に説いて言うには、


「我らが結べば、両大河(ムレン)を挟んで、東原、中原、西原を繋ぐ強力な線が形成される。神都(カムトタオ)はそれに呑み込まれよう。またヤクマン部を三方から包囲(ボソヂュ)する形となる。さらにマシゲルを加えれば、南原に打ちこんだ(くさび)となろう。どうだ、壮大な企図だろう」


 ううむと唸ってヒィは考え込む。畳みかけるように、


「ヤクマン部を放置すれば、彼奴らはいつか光都(ホアルン)を欲するだろう。ジョルチ部と結んでおけばそれも牽制できる。兵法に謂う『掎角(きかく)の勢を成す』ってわけだ」


 光都(ホアルン)と聞いて、ヒィ・チノの(フムスグ)がぴくりと動く。それを看て取ったチルゲイが言うには、


「ヤクマンは草原(ミノウル)最大の部族(ヤスタン)。擁する兵力は少なくとも十万は下らない。今のうちにそれに対抗する術を整えておく必要がある」


 黙って聞いていたショルコウがふと思いついて言った。


「それほど強大(クチュトゥ)部族(ヤスタン)ならば、これと結ぶのが最善ではありませんか」


 するとチルゲイはがらりと顔つきを改めて、正面からこれを見据えて言うには、


本心(カダガトゥ)からそう言っているのですか? トオレベ・ウルチは中華(キタド)(ノガイ)草原(ミノウル)を乱世に(おとしい)れた奸賊ですぞ。これと結ぶなど道理(ヨス)を解する人の発言(ウゲ)ではありません」


 ショルコウははっとして、


「もちろん本心などであるわけがありません。失礼しました」


 素直(ツェゲン・セトゲル)に謝罪する。チルゲイは莞爾と笑うと、もとの飄々とした(ヌル)に戻る。ところがヒィ・チノは相変わらず険しい表情のまま。


「実のところ、司命娘子はどう考える」


「私は賛成です。しかしツジャンらに(はか)ったほうがよろしいでしょう。実際に盟約を結ぶとなれば、ことは容易(アマルハン)ではありません」


「別に即答を求めているわけではない。(タルヒ)の隅に入れておけばよい」


 愉快そうに言うチルゲイを見つめて、ヒィは言った。


「六年前、本来ならともにジョルチのインジャに会いに行くところだったのだがな。結局縁がなくていまだインジャを知らぬ」


「義君ジョルチン・ハーンについては胆斗公(スルステイ)のほうが詳しいぞ」


 視線がナオルに集まる。応じて(アマン)を開いて、


「ウリャンハタに『大カンは我らの太陽(ナラン)』という言葉があるそうです。我らが義君を仰ぐのもこれと同じです。ジョルチ部のみならず種々雑多な人衆(ウルス)が義君を慕って集い、そのためなら(アミン)をも惜しみません。あの癲叫子ドクトなども、もともとはジョルチの民ではありません」


「ほう」


 これには少なからず感心する。しばらくインジャの話題が続いたが、ふとチルゲイが思いついて言った。


「そう言えば君はかつて神道子に占ってもらったことがあるそうだな(注1)」


「ある」


「何と言われたか覚えているか」


 にやにや笑って尋ねれば、やはり笑い返して、


「ふふ、俺を誰だと思っている。無論だ」


「おお、おお、これは愚問、愚問」


 大仰に(ガル)を振ると、懐中(エブル)から一個の書簡を取り出す。


「神道子から預かってきた。君に会ったら中を見るよう表に書かれている」


 そう言って示したが、ヒィはもとより(ウセグ)が読めない。


「神道子が? 何と言っている」


「待て、待て。それを今から見るのだ」


 ゆっくりと書簡を広げる。


「ほほう!」


「何と?」


「君は神道子の卦を覚えていると言ったな。今ここで言えるか?」


 ヒィは(ニドゥ)を輝かせると、見ておれとばかりに、


「神道子いわく、『貴殿は万余の軍を(ひき)いる一方の将となり、諸方の賊を平らげ、後世に残る功績を(あらわ)すだろう。それによって生きては位を極め、死しては神となって乱を鎮める』。また『貴殿は主星を輔ける天将の(オド)を負っている。いずれ主星に出会えば自ずから宿命(ヂヤー)を悟るだろう』と」


「おう、見事だ。それから?」


「四句を教わった。すなわち、


  奇に応じて千里を行き

  義に()いて万氏を制す

  華を侵して麗人を()

  足を知りて功名を保つ


というものだ。どうだ、間違いあるまい」


「そのとおりだ。その卦に思い当たるところはあったか」


いや(ブルウ)。だが初めの一句はあれだろう。お前の提案に(したが)って中原に旅をした。すなわち『奇に応じて千里を行き』だ」

(注1)【神道子に占って……】第三 四回④参照。

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