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草原演義  作者: 秋田大介
巻七
386/783

第九 七回 ②

チルゲイ東原を訪れて神箭将に策を語り

ナユテ書簡に託して飛虎将に命を伝える

 かつてのヒィは才気が(はし)りすぎて軽率なところもあったが、ハーンとして数歳、以前とは見違えるほどの成長である。


 それも北伐の失敗(アルヂアス)に学んだからであろう。ヒィ・チノは同じ過ちを二度は犯さない。英傑(クルゥド)と称するに相応しい恐るべき才幹(アルガ)である。


 またおもえらく、目を転じて中原のジョルチン・ハーンはと云えば、こちらは生まれながらの名君。新たに学ぶべきものはなく、すでに資質は備わっている。よってインジャは過ちを犯さない。


「……はあ、英雄だな」


 チルゲイは思わず呟く。ナハンコルジがこれを聞きつけて、


「何か言ったか?」


いや(ブルウ)、何でもない。そうだ、ナルモントの諸将に癲叫子の馬頭琴(モリン・ホール)を聴かせようではないか」


 そう提案されて、ドクトはやれやれしかたないといった風を装いつつも、内心の喜び(ヂルガラン)は隠しきれない。


 得物を取り出して奏でる曲はもちろん「奔馬(クラン)と戯れる」。ナオルらが唱和しておおいに喝采を浴びる。こうして暗くなるまで宴を楽しんだが、くどくどしい話は抜きにする。




 翌日、ナオルとチルゲイはオルドに召喚された。ヒィ・チノのほかにはショルコウとキセイがいるだけだった。対座すると早速言うには、


「河西の情勢を詳しく訊きたい」


「というと?」


「ジョルチとウリャンハタが会盟したことは知っている。俺が知りたいのは南原、すなわちヤクマン部の動向だ」


 チルゲイは意外そうな(ヌル)をして、


「ムジカらとは往来がないのか?」


「だいぶ前にマシゲルの獅子(アルスラン)から使者が来た。それが最後だ」


「ギィは何と?」


 すると難しい顔で黙り込む。やがて(アマン)を開くと、


「トオレベ・ウルチが梁帝から英王に封じられたのは知っているな」


 答えたのはナオル。


はい(ヂェー)。でもそれは五年も前のことです」


 ヒィは軽く頷くと、


「そのとき梁帝から公主が下賜された。これがとんでもない妖婦らしい」


 そして例の赫彗星ソラの一件を語れば、二人は唖然とする。


「……それ以降、ムジカからもギィからも音信が途絶えている。ゴロの予測(ヂョン)では、ことはこれで終わらぬとのことだったが……」


「マシゲルの使者が来たのはいつごろですか?」


「昨年の(ハバル)だ」


 しかし、ナオルとチルゲイも詳しいことは知らなかった。恐縮する二人を制すると、ヒィは笑みを浮かべて言った。


「以前であれば自ら中原に赴くのだが、今はそうもいかぬ」


「当然です」


 思わずショルコウが口を挟む。キセイが小さく(ガル)を挙げて、


「私が参りましょう。直接ムジカ殿に会って、その後の顛末(ヨス)を聞いてきます」


「そうしてくれ」


 応じて神行公(グユクチ)はすぐに席を立つ。それを見送るとヒィ・チノは鋭い眼(クルチア・ニドゥ)でチルゲイを睨んで言った。


「ところでチルゲイ。何を企んで東原まで来た。神都(カムトタオ)を探るついで、というわけではあるまい」


 人に会うごとに「何を企んでいる」と訊かれがちな奇人は呵々大笑して、


「さすがに神箭将(メルゲン)は欺けぬな。そのとおり、実はひとつ提案があって参った」


「提案?」


 ずいと身を乗り出すと、(ホロー)を立てて言うには、


うむ(ヂェー)。君は『()()()()』なる言葉(ウゲ)を知っているか?」


「知っているとも。遠く(ホル)と交わり近く(オイル)を攻める策であろう」


 チルゲイは手を叩いて喜ぶと、


いかにも(ヂェー)! かつてはヒスワがミクケルと結んで、あわや中原を制覇するところであった。君を苦しめた神都(カムトタオ)と北原の同盟も同じ(アディル)だ。近隣(サーハルト)(ブルガ)に勝つために遠交近攻がいかに有効な戦略か、身をもって解っているだろう。そこで私は君にこれを勧めに来たというわけさ」


「すでにお前の勧めで、ムジカ、ギィと『チェウゲン・チラウンの盟』(注1)を結んでいるではないか」


 激しく首を振ると答えて言うには、


「それはそれでけっこうだが、彼らは南原にいる。当面の敵である神都(カムトタオ)やセペートと戦う(アヤラクイ)には利が薄かろう」


 ヒィは黙って頷く。チルゲイは満面に笑みを浮かべると、


「そこでだ、君はジョルチ部と結べ。神都(カムトタオ)を後背から牽制することになる。後顧の憂いなく北伐に行けるぞ」

(注1)【チェウゲン・チラウンの盟】ヒィ・チノ、ムジカ、ギィが結んだ盟友(アンダ)の誓いのこと。第四 一回②参照。

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