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草原演義  作者: 秋田大介
巻七
385/783

第九 七回 ①

チルゲイ東原を訪れて神箭将に策を語り

ナユテ書簡に託して飛虎将に命を伝える

 さて奇人チルゲイの提案により神都(カムトタオ)へ向かった好漢(エレ)たち、すなわち胆斗公(スルステイ)ナオル、癲叫子ドクト、雷霆子(アヤンガ)オノチ、石沐猴(せきもっこう)ナハンコルジの五人は、鉄面牌(テムル・フズル)ヘカトに()って所期の目的を果たした。


 続いては東原へと繰り出す。神箭将(メルゲン)ヒィ・チノに会うためである。道中格別のこともなくオルドに達した彼らは、おおいに歓待された。


 ナルモントの錚々(そうそう)たる諸将と、主客の別なく座して盛り上がる。ツジャンの語り口はすこぶる軽妙、ショルコウの応答は才気に溢れ、キセイの笑声は場を(なご)ませてやまぬ。


 何よりヒィ・チノ・ハーンの英明には誰もが感嘆する。初めて接したジョルチ部の面々は大喜び。たちまち意気投合して、さながら旧知の(イル)のごとく(むつ)み合う。もとよりテンゲリの定めた宿星(オド)なのだから当然のこと。


 話題はいつしかヘカトのこととなる。ナオルが言った。


「それにしてもハーンの深遠なる謀計には驚かされました。居ながらにして神都(カムトタオ)と北原を離間(カガチャクイ)せしめるとは、まったく凡人の及ぶところではありません」


 ヒィはにやりと笑うと、


「ほう、よくぞ気づかれたな」


 傍ら(デルゲ)からチルゲイが(アマン)を挟んで、


「わけのわからぬ勅使が来たから神都(カムトタオ)を探ってきたのだ。偶々(たまたま)ヘカトに会って、やっと計略の全貌を知ったというわけだ」


 ヒィはさも愉快そうにからからと笑う。


「そうか、わけがわからなかったか。それはそうだ。鉄面牌は息災だったか」


 そこでチルゲイらは初めてヘカトの渾名(あだな)を知る。加えてサルチンが楚腰公、カノンが一丈姐(オルトゥ・オキン)と呼ばれていることを聞く。いずれも(バイ)を射ていることに感心しつつ答えて言うには、


「鉄面牌はむしろ以前より息災に見えたぞ。少しばかり胴回りが増えているやもしれぬ」


 ナハンコルジが、


手許(てもと)に神餐手がいるからな。つい食べすぎているんだろう」


 そこでチルゲイがアスクワのことを話せば、みな得心して大笑い。


 ところで、ナルモントの将でもヘカトの光都(ホアルン)追放が計略だと知っていたのはツジャンとショルコウだけだったが、おかげでみなに知れてしまった。ワドチャなどは驚いて(ニドゥ)を円くする。ヒィは呵々大笑したが、笑い収めて言うには、


「ヒスワとエバの結束(ヂャンギ)が崩れた今、我々は長年の悲願を成就せねばならぬ」


 途端に緊張が走る。


「北伐だ。ズイエ(ムレン)を渡ってセペート部を駆逐する」


 周囲はおうとどよめく。みな先年の屈辱を想起して気を奮い立たせる。


 五年前(注1)、ナルモント部は即位したばかりのヒィ・チノを戴いて北伐を敢行した。しかし勝ちを収めえなかったばかりか、留守(アウルグ)をジュレン軍に襲われて(あや)うく帰処を失うところだったのである。


 このときは司命娘子ショルコウの活躍と、光都(ホアルン)のサルチンらの助力(トゥサ)で何とか(しの)ぐことができた。以来、外征を控えて(クチ)を蓄えてきた。牧地(ヌントゥグ)はほぼ倍になり、家畜(アドオスン)人衆(ウルス)も飛躍的に増えた。


 南方で隻眼傑(ソコル・クルゥド)シノンを加え、光都(ホアルン)とも結んだ。かつてとは比べものにならないほどの国力を有するに至ったのである。


 今や神都(カムトタオ)と北原の同盟は瓦解した。となればもはや彼らは(ブルガ)ではない。セペート部は辺境にある中規模の部族(ヤスタン)に過ぎず、神都(カムトタオ)などは(ウヴス)(ダライ)に浮かぶ一点でしかない。だがツジャンは言った。


「北伐はせねばなりません。しかしもうしばらくお待ちください」


「ほう、なぜだ」


「鉄面牌の計が完了してから動くのが賢明(ボクダ)です」


 ショルコウが口添えして、


「ヒスワは希代の奸人。セペート部との密約がなくとも、ナルモントの精鋭が渡河すれば留守を襲ってくるかもしれません」


 またツジャンが言うには、


「せめて鉄面牌が脱出(アンギダ)するのを待つべきです」


「いつになるかな?」


(ナマル)には」


 ヒィは少しく考えていたが、軽く膝を打つとさらりと言うには、


「よし、待とう。ここで焦ってこれまでの苦労を無にするのは愚かしい」


 これを聞いて、チルゲイは密かにおおいに感心した。

(注1)【五年前】ヒィ・チノの第一次北伐については、第四 三回④~第四 七回①参照。

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