第九 六回 ②
ナオル神都にて巧みに捕吏を欺冒し
チルゲイ路上にて卒かに旧知に邂逅す
ナオルがあわててこれを引き離すと、丁重に謝罪して改めて尋ねる。
「我々は西原から参ったものだが、以前と神都の様子があまりに違うので驚いているのだ。いったい何があったのか聞かせてもらいたい」
しかし主人はすっかり腰が抜けて、すぐには言葉を出すことができない。ドクトがまたも飛びかかろうとすると、ひっ、と短く悲鳴を挙げてあわてて言った。
「あ、あんたたち、ずっとここまで五人で来たんですか?」
「そうだが……?」
怪訝な顔でナオルが答えると、
「よくご無事で。先年、ゆえなく集まって談論するものは重罪に処すとお達しがあったのです。それからは、みな挨拶すら避けているんです。それなのに五人もの人数で、はあ、よくご無事でしたなあ」
五人は顔を見合わせる。やっと街に活気がないわけが解る。ともかく泊めてもらおうと切りだせば、主人は目を見開いて、
「まさか! 五人もの客人を泊めたら、私が捕まります!」
ナハンコルジが呆れて、
「客を泊めるのが宿ではないのか。おかしなことを言う」
横からチルゲイが制して、
「主人、ではこうしよう。我々を三組の別個の客として泊めればよい。それなら捕吏が来ても言い逃れできるだろう」
なおも渋る主人を強引に得心させると、漸く旅装を解いた。ちなみに胆斗公と石沐猴が一の組、癲叫子と雷霆子が二の組、そして奇人である。主人のためにわざわざ隣り合ってない三室を借りる。
チルゲイのところに集まって今後のことを話し合っていると、何やら表が騒がしい。宿のものが血相を変えて駈け込んでくると言うには、
「捕吏が来ました! 一緒にいてはいけません」
やむなくそれぞれの客室に戻って様子を窺っていると、数人の捕吏が踏み込んできた気配。主人が懸命に弁解しているのが聞こえる。
「いや、それはもう怪しい方々ではございません。二人組の方が二組、あとはお一人のお客様でございます。はあ……」
「うるさい! 黙っていろ」
捕吏の一人が叱り飛ばす。これを聞いたナハンコルジが呟いて、
「たかが小役人のくせに偉そうだな」
ナオルがすかさず制して、
「しっ! 迂闊なことを言うな。よいか、我らは西原から来た商人だ。武人であることを悟られるな」
捕吏が最初にやってきたのはその彼らのもと。
「やい、お前ら。どこから来た」
「西原でございます」
ナオルは跪いて拱手すると、恭しく答える。ナハンコルジは内心おもしろくなかったが、倣って跪く。従順な様子に捕吏は小さく頷くと、尋ねて言うには、
「何をしに来た」
「はい。我らは銀鼠の皮を扱う商人でございます。商路の確認と契約のために参った次第です」
澱みなく答える。温色を湛えた顔はまさしく商人のそれ。石沐猴のほうは元来器用な質ではなかったので、俯いてひたすら平伏している。
「ここには五人で来たと聞いたが、どういう関係だ」
「舟で偶々一緒になったのです」
なおも疑っている風で幾つか質問されたが、いずれの問いにもすらすらと即答する。あくまで謙虚に逆らわない。さらにナオルは、懐中から美玉を取り出してそっと献じたので、それ以上追及することなく喜んで去った。
ナハンコルジはおおいに感心して、
「さすがは胆斗公。よくああも堂々と切り抜けたものだ。俺は内心ひやひやしていたぞ」
そのうちに彼方の部屋からドクトの馬頭琴の音が聞こえてくる。ナオルはぷっと吹きだして、
「おい、癲叫子はどうやら旅の楽士とでも名乗ったようだぞ」
「しかもあれは『奔馬と戯れる』(注1)じゃないか」
二人は大笑い。この曲は言うまでもなく、先の会盟においてドクトが即興で作ったものである。
「さて、あの口達者はどんな嘘を吐くかな」
そうこうするうちにみな無事に捕吏を欺くことができた。五人は再び集まる。ナハンコルジがチルゲイに尋ねて言った。
「お前は何と言ったのだ」
「私か。私は一介の卜人に過ぎません」
おどけて言えば、
「それは神道子のことではないか」
一同は呆れかえる。さて五人の好漢は顔つきを改めて、今後を諮る。チルゲイが言うには、
「今日は無事だったが、どうやら街には間者がうようよいるようだ。目立たぬよう分かれて動いたほうがよい。おそらくこの宿にはまだ監視の目が光っている」
彼らはまず現状を把握することから始めることにした。ナオルが言うには、
「慎重に動こう。新法を濫発しているようだが、それに触れて捕らえられたら厄介だ。特に癲叫子は気をつけろ」
「心配ない。任せておけ」
「以前、ここで大暴れしたコヤンサン(注2)も同じことを言っていたぞ」
「一緒にするな」
傍らからオノチが言うには、
「俺がついているから無謀なことはさせぬ」
(注1)【奔馬と戯れる】三部族会盟のあとの宴で生まれた曲。第八 九回②参照。
(注2)【大暴れしたコヤンサン】第一 〇回①以降参照。