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草原演義  作者: 秋田大介
巻七
381/783

第九 六回 ①

ナオル神都にて巧みに捕吏を欺冒し

チルゲイ路上にて(にわ)かに旧知に邂逅す

 さてウリャンハタ部の奇人チルゲイは、神都(カムトタオ)へ向かう途中でジョルチ部を訪れた。ジョルチン・ハーン以下好漢(エレ)たちの歓待を受けたが、席上で獬豸(かいち)軍師サノウは、癲叫子ドクトの発言(ウゲ)(とら)えて、おおいにインジャとその僚友(ネケル)を諫めた。


 すなわち主従の別が曖昧で、国家(ウルス)を治める自覚に欠けることを責めたのである。それはまさしくウリャンハタ部にも通じることであった。そこでチルゲイはからからと笑って言うには、


「まあ、だからこそジョルチとウリャンハタは会盟できたのだ」


 続けてナルモント部とマシゲル部も内実(アブリ)が似ていることを示して、これとの同盟を説けば諸将はおおいに驚く。セイネン、サノウの危惧をよそにみなを見回すと、


「私は神都(カムトタオ)へ行かねばならぬ。ついでに神箭将(メルゲン)に挨拶してくるつもりだ。そこでだ……、ともに東原へ行くものを募りたい」


 おう、と座はどよめく。


「無論、ハーンが許したものに限るし、神都(カムトタオ)に参るゆえ美髯公(ゴア・サハル)は遠慮願いたい」


 ハツチがぐっと(ダウン)を詰まらせたので、一同大笑い。インジャが言った。


「我々も神都(カムトタオ)の勅使については真意(カダガトゥ)を量りかねていたところ。奇人殿が行かれるのなら誰か同行せよ」


 応じたのはすなわち胆斗公(スルステイ)ナオル、癲叫子ドクトの二名。インジャは快くそれを許す。加えて雷霆子(アヤンガ)オノチが指名される。というのもオノチは、かつてヒィ・チノに弓射を伝授されていた縁があったからである。


 翌日、四人は早々に出発する。途中、ベルダイ氏のアイルに寄って霹靂狼トシ・チノらに挨拶すれば、石沐猴(せきもっこう)ナハンコルジも東原行きに志願する。もちろん異存はなく、トシ・チノの許諾を得てこれに加わる。


 一夜明けて五人の好漢はひたすら神都(カムトタオ)指して駆ける。道中格別のこともなくカオロン(ムレン)渡し場(オングチャドゥ)に辿り着く。大河(ムレン)の彼方に見えるはジュレン部の(バリク)たる神都(カムトタオ)である。


 例によって(アクタ)の渡河は禁じられているので、乗馬を厩舎(アラチュグ)に預けて舟に乗り込む。チルゲイが溜息を吐いて言うには、


神都(カムトタオ)光都(ホアルン)が結べば、カオロンの流れはいかなる(モル)にも勝る大道(テルゲウル)となる。二都を得たものこそ東原に覇を唱えるだろう」


 ナオルが答えて、


神都(カムトタオ)を治めるのは奸人ヒスワ……。そして光都(ホアルン)と携えるは神箭将ヒィ・チノ……。今はいずれが有利とも言いがたいな」


いかにも(ヂェー)。しかし先のヒスワの勅使が盟友(アンダ)たるエバ・ハーンにも送られているとすれば、局面は一挙にヒィ・チノに有利になるだろう」


 ナハンコルジが首を(かし)げて理由を問えば、


「明快、明快。君は同格と思っていた盟友(アンダ)から『王に封じてやる』などと言われたら怒らないか?」


「それは怒るだろう」


「もし神都(カムトタオ)とセペート部の掎角(きかく)の勢(注1)が崩れたなら、彼らはヒィ・チノの(ブルガ)ではない」


 オノチが呟いて、


「東原はヒィ・チノのものになるか」


そのとおり(ヂェー)。そして二都を得たヒィはカオロンの流れを支配して、東原に強力な覇権をうち建てるだろう。先にも言ったが、この大河はすなわち大道。もっとも破りがたく、もっとも長大な防壁(ヘレム)でもある。西(バラウン)から東原を侵すことはほぼ不可能になる。だからこそナルモント部とは早めに結ぶことを考えたほうが得策なのだ」


 余の四人はこれを聞いて(ようや)くチルゲイの構想に得心する。


 舟は順調に対岸に着く。五人は意気揚々と(エルギ)に上がると、巨大な西門をくぐった。高い城壁を顧みて、ナハンコルジは感嘆の声を挙げる。


「おお、そうか。石沐猴は神都(カムトタオ)は初めてだったな」


 ナオルが言えば、ドクトが(チェエヂ)を反らして、


「はぐれるなよ。黙って俺についてこい」


 むっとしたのを見てナオルが言うには、


「癲叫子、君も初めて来たとき(注2)は青ざめていたではないか」


 一行は大笑いしながら先へ進む。だが行くうちに何だか様子がおかしいことに気づく。人の数があまりに少ないのである。


 稀に出合うものは、五人を見ると一様にぎょっとしてこれを避ける。言葉を交わし合うものはほとんどなく、むしろ目線を逸らして蒼惶(そうこう)(注3)として行き違う。


「何やら感じの悪い(バリク)だな」


 ナハンコルジが言えば、余の四人は首を捻って、


「以前はもっと賑やかだったんだが」


 などと言い合う。市は閉鎖されていて酒楼の類も見当たらない。次第に薄気味悪くなってくる。チルゲイも自然と声を低くして、


「ともかく宿を決めようではないか」


 一同賛成したので適当に小さな宿屋に入る。不意に五人を迎えた主人は、さっと顔色を変えた。癲叫子ドクトはいよいよ辛抱できず、かっとなってその(ヂャカ)(つか)むや、怒鳴りつけて言うには、


「やい、いったいどういうことだ! どいつもこいつも俺たちを見ると顔色を変えやがる。言いたいことがあるなら堂々と言え!」


 主人はがたがたと震えて、しきりに首を振る。

(注1)【掎角(きかく)の勢】前後呼応して敵を制すること。


(注2)【初めて来たとき】コヤンサンを救出してくれた礼をサノウに伝える使者としてナオルらと神都(カムトタオ)を訪れたこと。第一 三回③参照。


(注3)【蒼惶(そうこう)】あわてふためくさま。あわただしいさま。

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