第一 〇回 ② <サノウ登場>
コヤンサン便ち泥酔して大いに神都を賑わし
ハツチ亦た不運にして俄かに冤罪を受く
大路にいてはいつ騒ぎを起こすかわからないので、ともかくコヤンサンを路地へと引き摺り込む。しばらく喚いていたが、やがて疲れたと見えておとなしくなる。ほっとしたのも束の間、何ごともなかったかのように言うには、
「そろそろサノウ殿の家に行こうか」
ハツチは呆れかえって、
「いや、もう少し酔いを醒ましてからにしよう」
「誰が酔ってるって?」
だんだんうんざりしてきて、やむなく言う。
「わしが酔っているのだ。しばし待たれよ」
すると呵々大笑して、
「ははは。貴殿は身体はでかいが酒は弱いのう、ははは」
これを聞いて怒るまいことか、というのもハツチは侮辱されるのを何より嫌ったからである。先ほど面倒を見ようと思い直したばかりであったが、いよいよ見放すことにして言うには、
「この酒乱をこれ以上相手にしていては気がおかしくなりそうだ。もうわしは知らん。好きにサノウを訪ねるなりなんなりするがよい」
従者は懸命に謝ったが、聞き容れずに大股で去ってしまう。コヤンサンは何が起こったか、あまり解っていない様子。
取り残された従者はすっかり途方に暮れた。さりとてサノウに会わずに帰るわけにもいかないので、とりあえずその家を探すことにした。しかしコヤンサンを連れて歩くことはできない。そこでこれを座らせて言った。
「サノウ様の家を探してまいりますので、ここで待っていてください。すぐに戻りますから」
そうして大路に出ると道行く人々に尋ねて回ったが、これが過ちのもとであった。まったく小者の知恵というのは常に浅はかなもの。
漸く戻ってみると、コヤンサンの姿は消えてしまっていた。あわててこれを捜し索めたが、主従がどうなったかはのちほどお話しすることにする。
さて一方のゴロはといえば、楼に上がって独り酒を飲んでいたが、だんだん腹が立ってくる。給仕に当たり散らしたりしていたが、ふと何ごとか思い立って楼を飛び出した。
向かったのはサノウの家である。健脚を活かしてほどなく着いたが、門には内から鍵がかかっている。どんどんと門を敲きながら大声で案内を請う。
「おおい、ゴロだ。開けろ開けろ! おおい!」
中からは何の応答もない。ゴロは、サノウがほとんど外出しないのを知っていたので、さては居留守を使っているに違いないとて、なおもしつこく敲き続けた。
するとやっと人の声。
「誰だ、騒々しい」
「誰だではない、さっきから言っておろう。ゴロだ、開けてくれ」
「悪いが今忙しいんだ。またにしてくれ」
明らかに不機嫌な調子であったが、そんなことを気にするゴロではない。
「忙しい? そんなわけないだろう、嘘を吐くな。急用なんだ、入れろ入れろ」
これ見よがしに舌打ちが響いて、それでも門が開けられる。出てきた男こそイェリ・サノウ、その人となりはと言えば、
身の丈は七尺、頭には冠を戴き、中華風の長袍を纏い、眼は鋭きこと刀剣のごとく、鼻は隆きこと鷲の頭のごとく、眉は筆先のごとく、髭は山羊のごとく、胴体は幹のごとく、四肢は棍のごとく、まことに音に聞こえた智謀の主たるに相応しい偉丈夫。
ゴロは、険しいサノウの表情には目もくれず上がり込むと、さっさと客間に腰を落ち着ける。
「急用というのは何だ?」
睨みつければ、からからと笑って、
「ははは、そんなにたいした用じゃないんだがね」
サノウは深々と溜息を吐くと、対面に腰を下ろす。
「君もそう家に居てばかりじゃ気が鬱ぐだろうとて遊びに来てやったのさ」
「まったくもって余計な気遣いだ。店のほうはいいのか」
「今日、西域から戻ったばかりだぜ。しばらくは家宰どもに委せてのんびりするさ。何から何までやろうと思ったら身体が幾つあっても足りないからな」
「気楽な奴だ。それでもお前は神都有数の富豪だからな。そんなものかもしれんが……」
と、ここでゴロは急にまじめな顔になって、
「実は、君に忠告しようと思って来たんだよ」
「忠告? 何だ」
「近々、訪ねてくる奴があると思うが、会わないほうがよいぞ」
「何が何やらさっぱりわからん。わかるように言え」
そこで、ここぞとばかりにコヤンサンについて、渡し場で遇ったところから酒楼での騒ぎまで、多分に罵詈雑言を交えつつ一気に語った。サノウは爪を噛みながら黙って聞いている。
「まったく草原の連中は粗暴で困る。君のことをどこで聞きつけたか知らんが、関わらんほうがよい」
漸く面倒そうに答えて、
「わざわざ戦に巻き込まれるようなことはせんよ。平和に暮らしたいんだ。誰かに仕えるのもごめんだね。その気があればとっくにここで官途に就いている」
ゴロは口を尖らせると、
「それもそうだな。余計だったか」