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草原演義  作者: 秋田大介
巻七
376/783

第九 四回 ④

バルマン地利を失いて馬防柵に窮し

ドルベン主命を拝して八旗軍を置く

 これで故ハトンの(クウ)、すなわちハーンの四人の嫡子(ティギン)は全員この世を去ったことになる。


 一方で今まで庶子の地位に甘んじていた数多の公子(クウヘド)は色めき立った。ハーンの機嫌を伺いにオルドを訪れるものはあとを絶たず、それを見て好漢諸将の(オロ)はさらに沈んだ。


 神風将軍(クルドゥン・アヤ)アステルノは、ジョナン氏のアイルまで来て(いきどお)りも(あらわ)に言った。


「公主と四頭豹が、庶子ごときを重んじるはずがない。庶子どもは揃いも揃って盲目(ソコル)か!」


 超世傑ムジカはそれを(なだ)めつつ、


「そもそもジョシ氏の王が(クチ)を持ちすぎていたのだ。どうやら四頭豹らは庶子たちを籠絡していた気配がある。だから彼らは期待しているのだ。ヤクマン部は自他ともに認める草原(ミノウル)一の大族。ハーンの位には魅力があるのだろう」


「何たる愚劣、何たる無知! だからこそ公主はそれを奪おうとしているのではないか。今さら無能(アルビン)の庶子どもに何を与えるというのだ?」


 ムジカは険しい表情になって、


「そのとおりだ。君の言うとおりだ。ということはだぞ、オルドは庶子たちをも廃するやもしれぬ」


「まさか! 庶子の数は一人や二人ではないぞ」


「だが、四頭豹ならやりかねぬ。奴は先の先まで見通してことを起こしている。それはイハトゥ様との(ソオル)でも明らかではないか。君は碧水将軍(フフ・オス)から経緯(ヨス)を聞かなかったのか?」


 アステルノは返答に詰まって、じっと考え込む。やがてひと言、


「ありうる……」


 二人の好漢(エレ)は暗澹たる思いを抱いて(アマン)(つぐ)む。




 彼らの予想(ヂョン)は、ほどなく的中(オノフ)した。(にわ)かに所領を持つ庶子の粛清が始まったのである。


 あるものは軍勢を向けられ、あるものはオルドに召喚されて罪を宣告され、またあるものは奇怪な死を遂げた。不安に駆られて兵を挙げれば、待ってましたとばかりに討伐された。


 僅かふた月ほどの間に、併せて二十余家が廃絶された。まさに電光石火の早業である。三軍の将ダサンエン、侍衛軍(トゥルガグ)の将コルスムス、亜喪神ムカリは四方に転戦して莫大な戦果を挙げた。


 四頭豹ドルベン・トルゲは中央(オルゴル)にあって諸将を統轄し、また猜疑心の強くなったハーンを巧みに煽って庶子粛清を正当化した。梁公主の夜毎の(ささや)きもまた大きな影響を与えたのは言うまでもない。


 庶子から奪った牧地(ヌントゥグ)家畜(アドオスン)は、七卿および公主に(くみ)する佞臣で分割された。また微力しか持たない公子も盛んに牧地を移されて、梁公主側の諸侯の狭間に巧妙に配置された。


 そして亜喪神ムカリの牧地はすべての諸侯の中でも最大となり、擁する騎兵は一万数千に達した。


 ところで、この時点では四頭豹自身は一片の土地(コソル)すら得ていなかった。が、これはのちにさらに大きな権力を得るためであった。それが明らかになったのは、(オブル)を目前にした大会議(イェケ・クラル)でのこと。


 各地の族長(ノヤン)が召集された席上で、ハーン自ら四頭豹を丞相(チンサン)に任命したのである。権勢の及ぶ範囲は軍民両政に(わた)り、実質ハーンをも(しの)ぐ権限を付与された。


 ムジカら一部の好漢は驚愕した。今や四頭豹の前では七卿すら霞む有様。当の七卿も呆然としつつ受容せざるをえない。


 さらに軍制の改編が発表された。すなわち従来の三軍を廃して、新たに八軍を創設するというもの。いわゆる「八旗軍(ナェマン・トグ)」である。いかなるものかと云えば、



  白 軍(ツェゲン)  四頭豹  ドルベン・トルゲ

  緑 軍(ノゴーン)  七 卿  ダサンエン

  赤 軍(フラアン)  亜喪神  ムカリ

  東 軍(ヂェウン)  神風将軍 アステルノ

  南 軍(ウリダ)  碧水将軍 オラル・タイハン

  西 軍(バラウン)  紅火将軍 (アル・ガルチュ)キレカ・オトハン

  北 軍(ホイン)  超世傑  ムジカ

  禁 軍  七 卿  コルスムス



 それぞれ一万騎(トゥメン)である。全軍を統帥するのはもちろん丞相(チンサン)ドルベン。その麾下の白軍のみは、一万騎のほかにハーンの牧地から徴兵した二万騎が加えられる。


 また八旗に属さぬすべての氏族(オノル)から自由(ダルカラン)に徴兵することが認められた。そこには何とか生き残った庶子たちも含まれる。また万人長(トゥメン)千人長(ミンガン)百人長(ヂャウン)の任命権すら委託されたのである。


 これに従って東南西北の四旗将は、それぞれ移動(ヌーフ)を命じられた。みな(ほぞ)を噛む思いであったが、逆らうことはできずにやむなく拝命する。


 アステルノ率いるセント氏はより東方に(うつ)り、オラル率いるイレキ氏は南方に下った。ムジカらジョナン氏の牧地もより北方となり、キレカとガダラン氏の人衆(ウルス)も移動した。


 かくして一年に(わた)る大動乱を経たものの、総軍十余万を誇るヤクマン部の威勢はいささかも減ずることなかった。ただその権力の所在が四頭豹に移るに留まったのである。


 かねてよりこれを警戒していた好漢たちだったが、有効な策もないままこの事態に至ったという次第。切歯扼腕するもすでに遅く、ただ己の無能を嘆くばかり。


 波乱の芽はことごとく摘まれ、残るは大山(アウラ)のごとき奸臣の覇権のみ。その権勢を背景に奸臣はさらなる野望を実現せんと図るわけだが、果たしてそれはいかなるものか。それは次回で。

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