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草原演義  作者: 秋田大介
巻七
374/783

第九 四回 ②

バルマン地利を失いて馬防柵に窮し

ドルベン主命を拝して八旗軍を置く

 呆然と眺めていたバルマンは突然思い当たって、あっと叫ぶ。


「どうした?」


「……あ、あれは騎兵の突撃を止めるための柵ではありませんか?」


 イハトゥはぎょっとして、


「何だと? そんなことをしたら向こうとて動けぬではないか」


「動けぬのではなく、動かぬつもりでは……」


 さすがは名将と(うた)われたバルマンである。たちまち四頭豹の考えを見抜いたが、すでに遅い。


 そのころ四頭豹はダサンエンに向かって、


(ブルガ)が攻めてきても、柵を出て迎え撃ってはなりません。矢を射かけて牽制し、柵を引き倒そうと寄ってきたところを長槍(オルトゥ・ヂダ)で突くのです。柵を避けて回り込もうとしたら、左右の騎兵を当ててください」


「ははあ。軍師の進言を容れて前から調練していたが、このことだったか。調練は万全ゆえそれは問題ないが……」


 半信半疑の様子を見て、説いて言うには、


「これは馬防柵と呼ばれるもので、本来は騎兵の少ない(ウルス)が防禦のために発明したものです。その威力はまもなく判るでしょう」


「…………」


 なぜこの男は誰も知らぬようなことを知っているのだろう、なぜ誰も思いもつかぬようなことを思いつくのだろう、とダサンエンは気味悪く思って四頭豹を盗み見る。と、まるでそれを察したかのように、


「バルマンは古い型の名将。よって互いに騎兵を率いて広大(ハブタガイ)平原(タル・ノタグ)で雌雄を決する、となればかなり手強いでしょう。しかしすでにそうした時世ではないのです。これからはそれだけでは勝てません」


 そしてなぜか一瞬凄まじい形相になると、聞こえるか聞こえないかの小声で、


「私はそれを、かつて身をもって学んだのです」


「……そ、そうか」


 やっとのことで答えると、四頭豹はすでにもとの表情。言うには、


「そろそろ(たま)りかねて撃って出てくるころです。ケルド台地にはひとつ重大な欠点があります。ゆえにじっとしていることはできぬはずです」


 その言葉(ウゲ)が終わるか終わらないかのうちに、敵の一軍が動きだすのが見えた。バルマン率いる騎兵、およそ三千。たちまち喊声と金鼓の音が轟きわたる。


 バルマンはまっしぐらに突っ込んでくる。弓手はそれを十分に引きつけてから、一斉に矢を放つ。敵騎はばたばたと餌食となる。


 が、バルマンは飛来する矢を片端から叩き落としつつ馬防柵に迫る。今度は槍兵の出番である。柵によって足を止められた(アクタ)を容赦なく突けば、倒れ、暴れ、おおいに乱れる。


「ちぃっ! 退()け、退け!」


 バルマンは為す術もなく撤退する。緑軍(ノゴーン)はわっと歓声を挙げる。本営(ゴル)に戻ったバルマンは、報告して言った。


「やはり敵は柵の内側にて守りを固める(はら)のようです。あの柵を何とかせぬかぎり(ソオル)になりませぬ」


「柵を避けて回り込んではどうだろう?」


「それでは敵に側面を(さら)さねばなりません。そこを衝かれれば崩れます。もとより敵のほうが数において勝っているのです」


「では手の打ちようがないではないか!」


 イハトゥが苛立って叫ぶ。


「方策を考えてみます。しばらくは(デム)を固めて動いてはなりません」


 かくして戦線は一挙に膠着した。ダサンエンは四頭豹に尋ねて、


「たしかに敗れざる形勢にはなったが、ああして台地に籠もられたらこちらも(ガル)が出せぬではないか」


「ご心配には及びません。敵は早晩出てこざるをえないのです。夜襲の警戒を怠らぬようにしてください。柵をさらに増やし、二段、三段と連ねておきましょう」


 そうこうするうちに台地の上では大事件が起こっていた。一人の兵卒が本営に駆け込んでくるなり、青ざめた(ヌル)で叫んだ。


「将軍! (オス)が、水が……」


「どうした、落ち着け」


「……(ブラグ)に、毒が、……毒が投じられております!」


「何だと!?」


 思わず腰を浮かす。バルマンがあわてて見に行けば、泉の周囲に人だかりができている。その(ドゥグイー)の中で、今しも幾人かの兵が絶命するところであった。


 顔はいずれも青黒く染まって醜く(ゆが)み、(アマン)からは何とも形容しがたい臭気(コンシュウ)を放つどろどろとした液体を吐いている。


「な、何ということだ! やられたわ……」


 兵卒が不安そうに見ているのに気付くと、毅然として言うには、


「泉の水を飲んではならぬ! 全軍に伝えよ」


 一人の兵が恐る恐る言うには、


「……し、しかし、それでは水がありません。どうすれば……」


「お前の憂えることではない! 余計なことを言えば軍令(ヂャサ)に照らして斬る!」


 そう言い捨てて本営に還る。諸将は報告を聞いて愕然とする。そもそも高地(ウンドゥル)に布陣するときは、まず水源を確保するのは当然のこと。最初は毒など入っていなかったのである。すなわち敵の間者が入り込んでいたことになる。


「水がなければ留まることなどできぬ。この状況を打破しなければ、居ながらにして窮するぞ」


 イハトゥが言えば諸将はただ頷くばかり。バルマンは(オロウル)を噛むと進言して、


「夜襲をかけて突破しましょう」


 ほかに良策もなかったので早速採用される。その夜、イハトゥらはほぼ全軍をもって夜襲を試みたが、これもすべて四頭豹の計算どおり、備えがあったため甚大な被害を出しただけで終わる。

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