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草原演義  作者: 秋田大介
巻七
373/783

第九 四回 ①

バルマン地利を失いて馬防柵に窮し

ドルベン主命を拝して八旗軍を置く

 さてダマン処刑の報に恐れを成したトオレベ・ウルチの長子イハトゥは、腹心の名将バルマンの勧めに応じて兵を挙げた。


 しかしこれはすでに四頭豹が予期(ヂョン)していた。彼はすぐに三軍を興して(ヂェウン)へ向かった。東方諸侯の兵も併せて、その数は五万騎に達した。これは叛乱軍(ブルガ)の五倍に当たる。


 ジョナン氏族長(ノヤン)ムジカは、無謀な挙兵を諫めるべく(アクタ)を飛ばしていたが、途中で間に合わなかったことを知った。やむなくアイルに帰還して、あとは天佑を期待するのみとなった。


 討伐軍の派遣を知ったイハトゥは、ケルド台地に拠ってこれを迎え撃つことにした。ケルド台地の西側はなだらかに傾斜していて、討伐軍が現れたら一挙に攻め下るべく布陣して(ブルガ)を待つ。


 ダサンエン率いる三軍も足を速めて、ケルド台地まで四十里の地点に至る。盛んに斥候(カラウルスン)を放って敵情を探れば、イハトゥは全軍を集中させていて伏兵の類はまったく見当たらない。軍師として従軍する四頭豹は満足げに微笑むと、


「バルマンを名将などと誰が言ったのでしょう。奴には思慮が足りません」


 ダサンエンは(いぶか)しく思って、


「どういうことだ。かの台地に拠られると攻めるのは難しい(ヘツウ)。逆に敵は高地の利を占めている。浅慮とは思えぬ」


 軍監小スイシも頷いて言った。


「バルマンは(ヂダ)()っては天下無双、兵を動かしては己の手足のごとき良将。決して凡庸のものではありません。侮ってよい相手ではありませんぞ」


 すると四頭豹は呵々大笑して、


「失礼ながら貴殿らはいずれも(ソオル)をご存知ない。なぜわざわざ敵人(ダイスンクン)に合わせる必要(ヘレグテイ)があるのです? 先にも申し上げましたが、彼奴らを破るのは容易(アマルハン)です」


 さすがにダサンエンは気分を害して、


「随分と大言を吐くではないか。ならばどう攻めればよいか、改めて聴こうではないか」


「まだお解りになられないようですな」


「何?」


 (ニドゥ)()けば。四頭豹は気にする風もなく答えて言った。


「将軍は先ほどから攻める、攻めると言いますが、それこそ戦を知らぬものの言葉(ウゲ)でございます。たしかにまともに攻めれば、こちらもただではすみますまい。充実した敵には正面から当たることなく、その気勢を()ぎ、士気を奪い、こちらは万全の態勢をもって敵を待つのがよろしいでしょう」


 ところが居並ぶ諸将は誰もわけのわからぬ様子。そこで続けて、


「では策を授けましょう」


 そう言って詳述すれば、初めて一同おおいに感心する。俄かに陣営(トイ)は活気づき、各々定められたとおりに準備を()えて命令(カラ)を待つ。


 伝令が駆け巡り、出立が告げられる。各軍は意気揚々と進発する。緑軍(ノゴーン)は一直線にケルド台地を目指す。白軍(ツェゲン)赤軍(フラアン)は道を分かれて、それぞれ台地の両側面に迂回する。


 主力は緑軍と東方諸侯併せた三万騎。台地の手前十里のところで一旦止まると、敵陣を望みつつ(デム)()く。


 イハトゥらはそれを見て、そら来たとばかりに勇み立ったが、ふと様子のおかしいことに気づく。


「何をしているのだ、あれは」


 傍ら(デルゲ)のバルマンに尋ねたが、やはり首を捻る。そこへあわてふためいた兵が駆けつけてきて、


「後方にも敵です! 南東に白軍、北西に赤軍が現れて、(モル)を封鎖しようとしています!」


「何だと!」


 あわててバルマンが自ら確かめれば報告のとおりであった。そもそもケルド台地は西方に広く開けているほかは、南東、北西に道があるだけだった。あとは傾斜が急で、軍勢を移動させることができない。


 ゆえに守るに易く、攻めるに難い(ガヂャル)であった。しかし後方の道を確保しておかなかったのは失策(アルヂアス)だった。


「かまうものか。彼奴らは兵を分散してくれた。緑軍を疾風(サルヒ)のごとく蹴散らせばすむ。おい、二隊をもって両道の口を固めろ。白赤両軍はそれで上がってこれぬ」


 バルマンは強気に命じると、本営(ゴル)に戻る。改めて前方の緑軍を眺めて、あっと驚く。瞬く間(トゥルバス)堅固(ヌドゥグセン)な陣が構築されていたのである。


 前軍(アルギンチ)は幾重にも連なり、後方に中軍(イェケ・ゴル)が方陣を()いている。周辺には数個の遊軍が配され、伝令が飛び回って全軍をひとつにまとめている。見るうちに知らず膝が震えてくる。まさしく蟻の這い出る隙もない包囲陣(コトン)


 もっとも驚かされたのは、敵陣の前に築かれた柵である。これまでバルマンはあのようなものを見たこともない。イハトゥも同じと見えて唖然としている。


 そこで(ようや)く先に覚えた違和感は、あの柵のためだったかと気づく。が、何か判らぬ以上、それに気づいたとて何にもならない。

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