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草原演義  作者: 秋田大介
巻七
372/783

第九 三回 ④

ダマン姦通に罪を得て権勢を虚しくし

イハトゥ凶報に算を乱して甲馬を(つら)

 バルマンはさらに続けて言った。


「兵を挙げ、奸臣どもを一掃するべきでございます」


 これには度肝を抜かれて、


「挙兵じゃと!? 正気か」


「ここに至った以上、一刻の猶予もなりませぬ。速やかに全軍をもってオルドに向かい、その過ち(アルヂアス)を正すのが、唯一(ガグチャ)嫡子(ティギン)、イハトゥ様の使命(アルバ)かと」


「ううむ……、確かに。善し、お前の言葉(ウゲ)(したが)おう。五日後、オルドへ向けて進発する!」


 一同おうと応えて出兵の準備にとりかかる。だが、この動きは四頭豹の予測(ヂョン)のうちにあった。潜り込ませておいた間諜が、長躯してそれを伝える。四頭豹は呵々大笑すると、ハーンに拝謁を願って奏上するには、


「イハトゥ様、謀叛(ブルガ)にございます」


 トオレベ・ウルチは相次ぐ背信に(ダウン)も出ず、うぐと唸ったきり昏倒してしまった。侍医があわてて宦官とともにこれを(コイマル)へ運ぶ。代わって(ヂャルリク)を下すのは、もちろん梁公主。


「ただちに三軍を出動させよ」


「ふふふ、すでに待機しております」


 そうして意味ありげに目配せを交わす。


 明朝、早くも(ノゴーン)(ツェゲン)(フラアン)の三軍はダサンエンに率いられて発った。四頭豹ドルベン自ら軍師として従軍するほか、軍監小スイシの姿(カラア)もある。コルスムス統べる侍衛軍(トゥルガグ)はオルド警護のため残った。


 同時に東方の各氏族(オノル)に出兵を命じる使者が飛んだが、敵人(ダイスンクン)の名は伏せられていた。約会(ボルヂャル)して初めて敵がイハトゥであることが告げられたのである。諸将はおおいに驚き、また悔やんだがすでに退くこともできない。


 イハトゥも檄文を発したが、一歩も二歩も遅かった。まさに「先んずればすなわち人を制し、(おく)るればすなわち人に制せらる」といったところ。


 イレキ氏族長(ノヤン)、すなわち碧水将軍(フフ・オス)オラル・タイハンは静観するつもりであったが、勅使を迎えてやむなく兵を出した。が、その数は僅かに千騎(ミンガン)。参集した諸将の中で、イハトゥ征伐を予期していたのはオラルただ独りだっただろう。


 ともかく総勢五万に及ぶ大軍が一路東方を目指したのである。


 一方、三軍が向かっていることすら知らぬイハトゥは、一万騎(トゥメン)を揃えて援軍(トゥサ)を待ったが一兵も現れない。そうこうするうちに討伐軍の存在を知っておおいに驚く。


「バルマン、我らの決起は読まれていたようだぞ」


狼狽(うろた)えなさるな。地の利を占めて、ときを稼ぐことです。やがて各地で呼応するものが現れるでしょう」


「う、うむ、では……」


「ケルド台地に(デム)()きましょう」


 その動きは斥候(カラウルスン)によって、ことごとく四頭豹の知るところとなった。軍議が開かれたが、言うには、


「ふふふ、バルマン将軍は希代の名将と伺っていましたが、何ほどのこともありませんな。ケルド台地とは」


 ダサンエンが尋ねて、


「軍師には策があるのか」


「策も何も奴らは自ら死地に飛び込みましたぞ。労せずして勝てるでしょう」


 呵々大笑するばかり。小スイシが(とが)めて言った。


「四頭豹殿、軍議の席上ですぞ」


「失敬。ともかく勝算はありますのでご心配なく」


 そう言ってにやにやするばかり。四頭豹の策がいかなるものであるかは、のちに明らかになること。




 さてアイルを飛び出して(ヂェウン)に駆けるムジカは、中途にしてイハトゥが挙兵してしまったことを知り、(ほぞ)を嚙んだ。また三軍が早くも動員されたこともわかったので、テンゲリを仰いで、


「テンゲリはヤクマン部を滅ぼそうとしているのか」


 おおいに嘆じた。が、そうとなれば進むのは無益である。即座に(きびす)を返す。延々駆けていくと、前方から大軍がやってくるのが見えたのであわてて留まる。


「あれは……」


 ムジカは(トグ)を見て愕然とした。何とそれは亜喪神ムカリのもの。およそ五千騎はいるだろう。


「もしやイハトゥ様征伐へ向かっているのか。三軍の対応の速さといい、亜喪神がここまで来ていることといい、やはり叛乱は四頭豹の読みどおりだったのだ。もし皁矮虎(そうわいこ)らに乗せられていたら、亜喪神の矛先は我らだっただろう。(あや)ういところであった。何と恐ろしい男だろう、ドルベン・トルゲという奴は!」


 一心に駆けて戻ると、諸将に無念の報告をする。みな悄然としてうなだれる。イハトゥは完全(ブドゥン)に策に()まった。四頭豹の対応には隙がない。黙って僥倖に期待するよりほかない。


 しかし(ソオル)は何が起こるか判らない。万にひとつ、叛乱軍が勝たぬとも限らない。まさしく追い込まれては黙っていられるはずもなく、野鼠(クルガナ)もただでは捕まらぬといったところ。また「窮鼠猫を噛む」とも謂う。果たしてイハトゥの叛乱はいかなる決着を見るか。それは次回で。

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