第九 三回 ②
ダマン姦通に罪を得て権勢を虚しくし
イハトゥ凶報に算を乱して甲馬を列ぬ
ダマン処刑の報を聞いて、ムジカはテンゲリを仰いだ。言うには、
「やられた! あの奸婦め、ついにダマン様にまで奸計を及ぼしたか!」
深い絶望に立っていることすらできず、タゴサがあわてて支える。しばらくはがっくりとうなだれて何をすることもできない。そこへ諸将が何ごとかと駆けつける。マクベンが尋ねて、
「超世傑、いったいオルドの使者は何と?」
ムジカは口の中でぶつぶつと呟く。
「えっ、何だって?」
重ねて問えば、やおら立ち上がると今度ははっきりと、
「……ダマン様が、処刑された」
座は一瞬しんとなる。それを破ったのはやはり皁矮虎。
「そんなっ、真か!? なぜ、なぜダマン様が……」
それを機に誰もがわあわあと騒ぎだす。
「静まれ!」
ひと声でみな口を閉ざす。オンヌクドを顧みて、
「蓋天才の懸念は遺憾ながら的を射ていた。ハーン自ら死刑を告げたらしい」
「でも、なぜ!」
アルチンが叫ぶ。ムジカは目を閉じて答える。
「罪状は明らかにされていない。ただ死刑、と」
「そんな……」
一同息を呑む。オンヌクドが進み出て言った。
「私がオルドへ赴き、内情を探ってまいりましょう」
「そうしてくれ」
マクベンは顔を真っ赤にして拳を振り回すと、
「内情も何もあるものか! 公主と四頭豹が謀ったに決まってる! まだじっとしていろって言うのか!」
ムジカが無言で頷けば、また騒然としはじめる。温和なはずのアルチンですら激昂している。そこで言うには、
「軽挙は許さぬ。これは命令だ。背いたものは罰する。奔雷矩が帰るのを待て」
諸将を解散させると、再び崩れるように腰を下ろす。タゴサがそっと肩に手を置いて言った。
「ムジカ、あなたは族長よ。こういうときこそしっかりしなくては……」
「解っている、心配するな。神風将軍らと事後を諮ろう」
すぐに神風将軍アステルノ、紅火将軍キレカ、碧水将軍オラル、そしてマシゲルに拠る赫彗星ソラに早馬が放たれた。
昼夜兼行した使者たちが帰るころには、ムジカは落ち着きを取り戻していた。セント氏のアイルに行ったものは、何とアステルノを伴って帰ってきた。驚いてこれを迎えると言うには、
「アイルを離れてはまずかろう。血気に逸るものを抑えねば……。いや、それもあるが、不用意な行動を亜喪神に知られたら……」
「喧しい。人衆は俺の許可なく動くことはない。亜喪神? 知ったことか!」
断りもせずに一席を占めると、タゴサに向かって言うには、
「酒を出せ」
「厚かましい奴だね。言われなくてもわかっているよ」
酒食を並べると早速喰らいつつ、
「超世傑よ、それにしてもまずいことになったな」
「まったくだ。よもやダマン様が処刑されるとは思っていなかった。実はマシゲルのゴロ・セチェンが警告してくれたのだが、一歩及ばなかった」
詳しく述べればアステルノは慨嘆して、
「智恵さえあれば四頭豹ごときの好きにはさせぬのだが。揃いも揃って俺たちは阿呆だ」
タゴサも悔しそうに言う。
「せめて奇人殿か神道子の半分でも賢ければね」
「ないものはしかたない。これからどうするか、だが……」
「紅火将軍の意向は?」
「まだ早馬が戻らぬ。おそらくキレカは動静を見守るだろう。彼自身、ダルシェの件でハーンに快く思われていないしな」
「ああ、まったくおもしろくない!」
アステルノは吐き捨てると、ぐいと杯を干す。そこへマクベンが押しかけてきて顔を見るなり、
「おお、神風将軍。決起の相談に来たのか!」
呆れてムジカを見遣れば、困惑した表情で首を振る。マクベンに視線を戻すと言うには、
「お前は阿呆か。超世傑を困らせるな。あまり騒ぐと人衆も惑うだろう」
「だがこれ以上の横暴を……」
「わかった、わかった。ああ、俺だって恕さぬさ。だがな、ここで騒げば四頭豹の狙いどおりってのがどうしてわからんのだ。頭が痛いよ、俺は」