表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
草原演義  作者: 秋田大介
巻七
369/783

第九 三回 ①

ダマン姦通に罪を得て権勢を虚しくし

イハトゥ凶報に算を乱して甲馬を(つら)

 さて梁公主と四頭豹の(ガル)は、ついにダマン・マンチクの身にも及んだ。まずトオレベ・ウルチを閨房にて巧みに欺き、一旦オルドから遠ざけた。


 その隙に公主はダマンを後宮に招き入れ、梁の内廷で習得した房中の秘技を駆使して、若き公子(ティギン)過ち(アルヂアス)に導いたのである。


 ダマンはかつて味わったことのない快楽にすっかり身を委ねて、公主の身体(ビイ)(むさぼ)った。あまりに夢中だったので、閨房の外に人の気配があることにまったく気づいていなかった。


 一方、公主はもとより冷静、あらゆる狂態もみな演技であったから、すぐに気配を察した。突然大声で悲鳴を挙げて(あらが)う様子を見せる。ダマンは愚かにも、公主があまりの快感に堪えがたくなったのだとておおいに喜ぶ。


 するとさっと(ハアルガ)が開いて、一人の男が怒声とともに飛び込んできた。ダマンの(クヂゥウド)を驚くほどの強力でぐいと(つか)んで、力一杯に引き()がす。


 当然かっとして、闖入者を怒鳴りつけてやろうと振り向く。が、そのまま凍りついた。そしてやっとのことで言うには、


「なっ、父上(エチゲ)!? こ、これは……」


 その(ニドゥ)の前には、怒り(アウルラアス)のあまり(ヌル)紫色(カラムバイ)にして荒く息を吐いているトオレベ・ウルチ・ハーンが立っていた。(オロウル)はわなわなと震えて、すぐには言葉(ウゲ)も出ない様子。(ようや)く正気を復したダマンは、真っ青になってがくがくと震えだすと、


「……父上! いや(ブルウ)、これは、違うんです! 私は……」


 それを遮るように公主がわっと泣きだす。寝台(オル)を下りてハーンに駈け寄るなり、目に大粒の涙を浮かべて訴えるに、


「ダマン殿が不意に押し入って、嫌がる私を強引に……」


 最後まで言うことはできず、へなへなと伏して泣き崩れる。


「こ、こ、この……」


 トオレベ・ウルチは(チュトグル)のごとき形相で我が(クウ)を睨みつけると、あとは言葉にならず(にわ)かにこれを殴りつけた。一発では収まらず二発、三発と殴り続ける。


 閨房には鈍い音が響きわたり、ダマンの顔はみるみる腫れ上がる。(ハマル)は曲がり、唇が切れてなおハーンはこれを(ゆる)さない。公主がその腰に(すが)って、


「おやめください! 死んでしまいます」


 そして(テリウ)を抱えて、わっと叫ぶと、


「ああ、私は(ヘル)を噛んで死にます! このように(けが)れた身では、もうハーンにお仕えすることはできません!」


 脱兎のごとく走り出ようとすれば、トオレベ・ウルチはあわてて抱き留めて、


「おお、お前は悪くない。わしはお前なしでは生きて(オスチュ)いけぬ。どうか早まったことはしないでおくれ」


 すでにダマンは気を失って(たお)れている。トオレベ・ウルチは顔を(ゆが)めて、


「それにしても父の(エメ)を襲うとは何という恥知らずだ。絶対に(ゆる)さぬ」


 公主はうずくまって(ムル)を震わせていた。これに(ダウン)をかけて、


「恐ろしい思いをしたであろう。わしがもう少し早く戻っていれば……。さあ、嫌なことは忘れて(ウマルタヂュ)おしまい。お前は悪くないのだから」


 それを聞いた公主は思わず声を立てて笑いそうになる。と、ばたばたと足音がして、(アミ)を切らしたチンラウトが駈け込んでくる。


「おお、ハーン。ダマン様は……」


 (たお)れているのが目に入ったので、汗を(ぬぐ)いつつ弁明して、


「私は極力お止めしたのですが……」


「もうよい! この忌々しい奴を獄に繋いでおけ。明日、処断する」


 恐縮の(てい)で失神したダマンを抱き起こすと、あたふたと退く。そのときちらと公主と目配(めくば)せを交わしたことには、ハーンは無論気づかない。


 翌日、群臣の前に姿(カラア)を現してみなを驚かせたハーンは、即座にダマン・マンチクの死刑を宣告した。群臣はさらに驚愕したが、質問すら許される気配がなかったので、やむなく(アマン)(つぐ)んだ。


 ダマンは釈明の機会すら与えられず、即日処刑された。この報はすぐに四方に伝えられた。これを聞いて驚かぬものはなかった。到底信じられずにオルドに家臣(アルバト)を派遣したものも大勢あった。




 ダマン刑死を伝える使者が至る少し前、ジョナン氏のアイルにオンヌクドがあわてて帰還していた。ムジカにゴロ・セチェンの見解を伝えれば、


「なるほど、さすがは蓋天才。一理ある。よし、私が直に参ってダマン様にオルドを離れるようお勧めしてこよう」


 傍ら(デルゲ)からタゴサが言った。


「離れるって、名分は考えているの?」


「道々考えるさ。ともかく早いほうが善かろう。奔雷矩(ほんらいく)、帰ったばかりですまないが一緒に来てくれ」


「無論です。さあ、準備をお急ぎください」


 そうしてあわただしく旅装を整えているところに、(くだん)の使者が来たのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ