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草原演義  作者: 秋田大介
巻七
363/783

第九 一回 ③

ヘカト東に奸人を(だま)して離間を(かく)

ドルベン南に愚夫を(そそのか)して擾乱を誘う

 これによってヒスワは勅使を派遣して、鎮氷河エバ・ハーンを(れい)王に封じることにした。その勅書は「上天眷命(けんめい)、大皇帝(グルハーン)ヒスワより、臣エバに勅宣を賜う」より始まるもので、ヘカトがこれを起草した。また、


「かつてすべての人衆(ウルス)は、ジュレン皇帝の民でした。そこで()()()()()()()()部族(ヤスタン)のハーンにも、爵位を授けて聖徳の大を悟らせ、入朝を(うなが)すべきです」


 かくして大皇帝ヒスワの名で四方に勅使が飛んだ。ヘカトは内心大笑いしながら次々と勅書を作成したが、このとき爵位を得たのは次のとおりである。


  東 原

   ナルモント部   ヒィ・チノ    威 王

   セペート部    エ バ      黎 王

   ホイン・カリ   ケルン      北 伯

   ムルヤム氏    シノン      東 伯

   ホアルン     ヤマサン     光都侯


  中 原

   ヤクマン部    トオレベ・ウルチ 大 王

   ジョルチ部    インジャ     斉 王

   タロト部     マタージ     開 王

   ダルシェ     タルタル     西 伯


  西 原

   ウリャンハタ部  カントゥカ    秦 王

   クル・ジョルチ部 ハヤスン     蒙 王


 ヒスワの勅使に接したものは、わけがわからず怒るものもあれば、ただ呆れたものもあった。神箭将(メルゲン)ヒィ・チノは、中でも大笑いした一人である。適当に勅使を追い払うと司命娘子ショルコウに向かって、


鉄面牌(テムル・フズル)め、大活躍だな。かの奸人も(ニドゥ)(くら)んだか。『大皇帝より臣ヒィ・チノに勅宣を賜う』と来たぞ。いつ俺が奴の家臣(アルバト)となったか、本人に確かめてみたいものだ」


「こんな書を四方に送るとは、怒り(アウルラアス)を通り越して呆れます。盟友(アンダ)たる鎮氷河辺りは怒り狂うでしょうけど」


「それはそうだ。これを契機に結束(ヂャンギ)は弱まっていくだろう。鉄面牌はなかなかできる奴だ」


 ナルモントにおいても計略の内実(アブリ)を知っているのは、ツジャンとショルコウぐらいであった。




 中原のジョルチン・ハーン、すなわちインジャは、斉王に封ずるとの勅を受けて、わけがわからず対応に困った。一旦これを退けて諸将に(はか)ると、みな一様に首を(かし)げる。独り獬豸(かいち)軍師サノウが言うには、


「僭帝ヒスワの妄想でしょう。念のため飛生鼠に事情を(しら)べさせましょう」


「うむ。勅使とやらはどうすればよい」


「今はまだ神都(カムトタオ)とことを構える時期(チャク)ではありません。適当に接待して追い返せばよろしいでしょう」


 かくしてヒスワの勅使は、いたずらにみなを困惑させただけであった。


 ただ独りを除いては、である。セペート部のエバ・ハーンはこれに接して誰よりも気分を害した。ズベダイに言うには、


「いったいヒスワはどういうつもりじゃ。わしは奴の臣になった覚えはないぞ!」


神都(カムトタオ)で何があったか知る必要があります。この勅使派遣は尋常のことではありません。元来ヒスワは(タルヒ)は切れますが狂気(ガルゾウ)のものです」


「お前やケルン・カーンまで直臣扱い、この鎮氷河を侮るにもほどがある」


 ドブン・ベクがおそるおそる(アマン)を開いて、


「もしかすると策謀かもしれません。ハーンを怒らせることで何かを成そうというのであれば、慎重に対処したほうがよろしいかと」


 エバはますます怒気を(みなぎ)らせて、


「わしは神都(カムトタオ)にとって欠くべからざる盟友(アンダ)ではないのか! それを謀ろうとは何ごとぞ。誰のおかげで今日があると思っているのだ。わしがなければ神都(カムトタオ)はすでにヒィ・チノのものになっていただろう」


「もとよりこちらから望んで盟を結んだために、考え違いをしているのでは……」


 ズベダイが首を傾げれば、


「ふん、臣扱いされるくらいなら、そんな盟約破棄してくれるわ!」


 ドブン・ベクがあわてて言った。


「それはなりません! 飛虎将ヒィと戦うには神都(カムトタオ)からの牽制が必要(ヘレグテイ)です。私が行って真意(カダガトゥ)を探ってみましょう」


「よし、(まか)せる。しかし覚えておけ。この鎮氷河は人に屈するものではない」


承知(ヂェー)


 ドブン・ベクは早速神都(カムトタオ)へ向かった。これは彼にとって不幸であったというほかない。当初、返礼(カリラ)の使者と思われて厚く歓待されたが、そうではないことが知れたために、一転して拘束されてしまったのである。


 無論これもヘカトの示唆(スドゥルゲン)による。セペートには詰問の使者が送られた。エバはものも言えぬほどに激昂(デクデグセン)して、(にわ)かに(ウルドゥ)を抜き放つとこれを一刀の下に斬り捨てた。


「勅使を斬るとは何たる無礼(ヨスグイ)、ドブンの首を飛ばして鎮氷河に届けよ」


 ヒスワはすでに(セトゲル)の奥から大皇帝のつもりであった。ドブン・ベクは斬殺されて、その首級はエバのもとに送られた。ヒスワも愚かだが、エバも一時の激情に駆られて大計を失ったと言えよう。


 憐れむべきはドブン・ベクである。自ら献策した神都(カムトタオ)との同盟によって、その(アミン)を縮めたのである。

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