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草原演義  作者: 秋田大介
巻七
362/783

第九 一回 ②

ヘカト東に奸人を(だま)して離間を(かく)

ドルベン南に愚夫を(そそのか)して擾乱を誘う

 ヘカトの最初の献策は、以下のような内容である。


「南方の小氏族(オノル)からは、(ハバル)には(ホニデイ)十頭につき一頭(ボド)二歳羊(シレグ・イルゲ)を、(ナマル)には(モリ)十頭につき一頭の肥えた軍馬(アクタ)を供出させましょう。その壮丁(ヂャラウス)を徴発し、(ゾン)には城内の労役に宛て、(オブル)には皇帝(グルハーン)家畜(アドオスン)移動(ヌーフ)させましょう。四時の役務(アルバ)のひとつでも怠れば、三族を誅殺して法令(ヂャサ)の重きを知らしめるとよいでしょう」


 ヒスワはおおいに喜んで早速勅令(ヂャルリク)を下したが、従わずに誅戮された家は併せて三百戸、たまらず逃亡(オロア)した家は二千戸に及んだ。彼らはことごとく南伯シノンの幕下に投じた。続いて、


(バリク)の商家に対しては、利益の三割を納めさせましょう。また酒類(ボロ・ダラスン)、塩、(テムル)などには税を課し、国庫の用に()てましょう。やはり不服を唱えるものには厳罰をもって臨まなければなりません」


 このために刑に服した家は百戸、没落して(バリク)を去った家は数百戸。ヒスワは彼らの邸宅をはじめとする家財(エド)を嬉々として没収し、その一部をスブデイら寵臣に賜った。また言うには、


「学校、私塾の類は政道批判の温床です。よろしくこれを閉鎖し、叛徒(ブルガ)を摘発して獄に落とすべきです。罪を告発したものを厚く賞すれば瞬く間(トゥルバス)に不逞の輩は影を潜めましょう」


 俄かに神都(カムトタオ)の牢獄は学者文士の類で満ちた。私怨を晴らすために密告を為すものも多かった。ある対立するふたつの学派に至っては、互いに訴え合ったためにともに(すた)れてしまった。次いで、


無智蒙昧(ハラング)人衆(ウルス)(アマン)を封じるためには、集団を(つく)らせないことです。酒楼の類も廃しましょう。また理由なく五人(タブン)以上が集まって会合(クラル)を持つことも禁じましょう」


 軍卒を巡回させて取り締まったので、人は(モル)で知己に()っても目配せを交わすだけになり、(バリク)は灯が消えたような有様となった。ところがこの法令が発布されたあと、俄かに婚礼(ホリム)の数が急増した。人衆は集まる()()を求めたのである。


 一連の新法によって人衆は(オロ)に深く怨嗟を抱き、皇帝ヒスワと閣卿スブデイを呪った。さらにヘカトは巧みに甘言を操って、宮城の造営を始めさせた。そのためにまた多くのものを徴集した。


「陛下は、草原(ミノウル)に数多いるただのハーンとは一線を画す神聖(ダルハン)なる存在です。聞けば中華(キタド)の皇帝は即位するや、大規模な陵墓を築きはじめるとか。皇帝の威を周辺に示すためにも、それに(なら)うべきかと存じます」


 そこで草原(ミノウル)初の陵墓の造営が始まった。そもそも草原(ミノウル)では墓を作ることはなかった。どんなに高貴(カトゥン)なものでも、死ねば(コリス)に埋めるだけである。墓標も立てない。むしろどこに埋葬したのか判らぬよう踏み固めてしまうのである。この事業にも数多の衆庶が動員された。


 こうしてヘカトは税収を増やし、皇帝の権威を高めるという名目のもとに、巧みに人心の離反を招いた。神都(カムトタオ)はますます息苦しい(バリク)になった。独りヒスワはそれに気づかず、勧められるままに献策を認可した。また言うには、


「新しい宮城においては、後宮も旧来の規模ではいけません。ジュレン皇帝の治世が永遠(モンケ)に続くためには、(ツォサン)を伝えるものが多いほどよいのです。内外より若い(オキン)を召し出しましょう。宮廷の官職のごとく位階を設けて、国家長久の計を定めることが肝要です」


 ヒスワはもとより色を好むもの、喜んで裁可した。応じて城内はグルカシュ、城外はダルチムカが奔走して、たちまち後宮は膨れ上がった。その中にはすでに人妻(エメ)であるものまであった。


 ハトンたる元のゴロの妻ミスクはもちろん苦々しく思ったが、ヘカトはこれに莫大な財物を贈って喜ばせた。


 新年の祝宴において、ヒスワが親しく言うには、


鉄面牌(テムル・フズル)、お前のおかげで初めて皇帝の偉大さを知ったぞ」


 恭しく答えて、


「すべて中華(キタド)では当然のことです。長く南方にいたので、中華(キタド)の政事について知ることができました。陛下においては草原(ミノウル)に割拠する蛮族(カリ)のハーンと同列にあってはなりません。聖徳を輝かせ、諸ハーンの上に君臨するべきです」


「同感だ。お前の語りたる言葉(ウグレグセン・ウゲ)はわしを喜ばせる。また何か建言があれば上奏するがいい」


 居住まいを正すと、


「それではこの場でひとつ申し上げてよろしいでしょうか」


 ヒスワはすっかりヘカトを信頼していたから、たちまち興味を示して、


「かまわぬ。申せ」


「長年に(わた)って忠節(シドゥルグ)を尽くしてきた方々に聖恩を賜り、さらなる奉公を約せしめるとよいでしょう」


「ほう。というと?」


「まずスブデイ様には公の爵と丞相(チンサン)の称を。グルカシュ殿には侯の爵と大将軍の位を。ダルチムカ殿には南伯の爵と鎮南将軍の位を。そのほかの臣もそれぞれ位を進めて禄を賜りますよう」


「よろしい。そのとおりにいたす」


 満座からはわっと歓声が挙がる。静まるのを待ってさらに言うには、


「忘れてはならないのが、蛮族ながら北原を押さえて陛下に尽くしているセペート部のエバ・ハーンです。これには特に王位を賜りますよう。蛮族にも徳を及ぼしてこそ真の皇帝です。中華(キタド)の帝も、かのトオレベ・ウルチを英王に封じております。またその女婿(グレゲン)ケルン・カーンには北伯の爵と鎮北将軍の位を、ドブン・ベクには閣卿の位を、ズベダイには王国の相の位をそれぞれ賜ればよいかと存じます」

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