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草原演義  作者: 秋田大介
巻七
361/783

第九 一回 ①

ヘカト東に奸人を(だま)して離間を(かく)

ドルベン南に愚夫を(そそのか)して擾乱を誘う

 さて、ヒィ・チノのオルドを訪れたサルチンが言うには、


「ヒスワはいつも策を弄しているが、人に謀られたことは一度もない。あの謀略に()けた奸人を(おとしい)れることができたら痛快ではないか」


 おおいに興味を示して、


おもしろい(ソニルホルトイ)。良策があるなら乗ろう」


「ヒスワの大略は常に華々しい成果を狙っている。ゆえに一見完全(ブドゥン)に見えても、小さな(ほころ)びや不測の事態によって容易(たやす)く破れてしまうのだ。私の策はそれとは逆で、すぐには効果が見えないが、必ず彼の(クチ)()ぐだろう」


「ふむ、それで?」


「僭帝ヒスワの暴政は人衆(イルゲン)の恨みを募らせているが、これをさらに助長する。加えてエバ・ハーンとの連合を徐々に崩壊に導く」


 ヒィ・チノの(ニドゥ)がきらりと光る。


「そんなことができるのか? たしかにセペートと神都(カムトタオ)離間(カガチャクイ)せしめることができれば、それに勝るものはない」


 サルチンは莞爾と笑うと、


神都(カムトタオ)鉄面牌(テムル・フズル)を送り込む。かの奸人は喜んでこれを登用するだろう。あとは彼が計を成すのを待つだけだ」


「ヘカトを? 危なくないのか」


「この任を授けられるのは彼しかいない。知ってのとおりヘカトは一見魯鈍な印象を与える。だから奸人も警戒を怠るのだ。しかしその実は、先にハーンに神都(カムトタオ)を囲む計策(注1)を示したような大才(アルガ)の主。さらに昔日(エルテ・ウドゥル)より奸人を知っていて、その性向(チナル)を知悉している。これ以上の適任はない」


「ヘカト自身は何と?」


「ぶつぶつ言っていたが承諾している」


 ヒィ・チノは少しく考える風だったが、やがて言うには、


「しかし急に帰っても、まことにヒスワは信用するかな?」


「心配は無用。笑面(だつ)(はか)って、ひと芝居打ってもらう」


善し(サイン)。楽しみにしていよう」


「念を押すようだが、すぐに効は(あらわ)れぬ。大業を成すには待つことも肝要だ」


「ははは、もとより承知している」


 剛毅(クルグ)に笑って酒食の用意を命じたが、くどくどしい話は抜きにする。


 サルチンが光都(ホアルン)に帰ってしばらくすると、駅站(ヂャム)を通じてヤマサンから報告があった。言うには、


「鉄面牌ヘカトは道理(ヨス)(くら)く、人衆(ウルス)を惑わした罪によりこれを放逐した」


 なおよくよく聞いていみれば、


「ヘカト様は軍紀の紊乱を理由にヤマサン様にことごとく異を唱えたのです。ついにはサルチン様も烈火(ガルチュ)のごとくお怒りになり、衆議を経て放逐に決まったというわけです」


 ヒィは(フムスグ)(ひそ)めたが、内心ほくそ笑んだのは言うまでもない。ツジャン・セチェンに言うには、


光都(ホアルン)の連中はえらく大仰にやってくれたようだな」


「ヘカト殿には気の毒なことですが」


 それを聞いて呵々大笑したが、この話もここまで。




 光都(ホアル)を出たヘカトは、すぐに神都(カムトタオ)を目指した。鉄面牌放逐の噂は商人(サルタクチン)や間諜によって知らされていたから、ヒスワは早速これを召した。


「前非を悔いて皇帝(グルハーン)に赦しを請わんとて参りました」


 恭しく述べればおおいに喜んで、


「お前を閣卿とする。明日より出仕せよ」


はい(ヂェー)。謹んで拝命いたします」


 閣卿とは、大院(クルイエ)を廃したヒスワが新たに設置した内閣の一員である。内閣とは皇帝の政務を輔弼する部署である。勅書を起草し、それを執行するべく雑務を処理するのが任務である。云わば皇帝の秘書といったところ。


 ヒスワの帝国(ウルス)ではすべての官庁は皇帝に直属するが、中でも側近としてもっとも高位にあるのが閣卿であり、定員は数名に過ぎない。いかにヘカトの帰還を喜んだかが知れよう。


 余談だが、のちに中華(キタド)に成立した隆朝の太祖昭武帝は、それまであった宰相の職を廃して、この内閣の制度を採用した。以降、内閣の職権は増大の一途を辿り、ついには閣卿を指して宰相と称するまでになるのである。


 本題に返る。ヘカトは翌日から宮城に出仕して、しばらくの間は黙々と政務をこなして信頼(イトゥゲルテン)を得ることに腐心した。


 その間に神都(カムトタオ)の高官を観察し、力あるものには厚く贈物(サウクワ)をして交誼を求めた。その中には衙門(がもん)将である呼擾虎(こじょうこ)グルカシュも含まれる。


 当時、閣卿の筆頭にあったのはヒスワの従弟スブデイ・ベクである。ヘカトは特にこれに近づき、閣内での地歩を揺るぎないものにした。


 さまざまな献策をするに当たっては、すべての功を彼に譲った。が、その策とは実はヒスワを(おとしい)れるものだったから、巧みに後難を避けたとも言える。

(注1)【神都(カムトタオ)を囲む計策】北伐中に留守陣(アウルグ)を襲われたヒィに、ヘカトが進言した策。第四 六回④参照。

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