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草原演義  作者: 秋田大介
巻六
360/783

第九 〇回 ④

ヒスワ楚腰道を断ちて光都を囲み

ヒィ・チノ隻眼傑を得て南伯に任ず

 あとは(ソオル)と呼べるものではなく、一方的な追撃となった。およそ四十里も追ったところで、(ようや)く軍を返して光都(ホアルン)に帰還する。城壁(ヘレム)には人衆(ウルス)がずらりと並んで歓呼の声で迎える。


 ヒィ・チノは兵を城外に留めると、シノン、ヤマサン、それからゾンゲル率いる近衛兵(ケシクテン)を伴って入城した。


 城門(エウデン)をくぐると、楚腰公サルチン、鉄面牌(テムル・フズル)ヘカト、一丈姐(オルトゥ・オキン)カノン、嫋娜筆(じょうだひつ)コテカイ、神行公(グユクチ)キセイの五人が恭しく出迎えた。その背後にはひと目ヒィ・チノの姿(カラア)を見ようと群衆(バルアナチャ)(ひし)めく。


 内城に案内されると早速宴の用意がなされた。それぞれ席に着くと、サルチンが代表して礼を述べる。答えて言うには、


「俺は迂闊にも敵の計略にまったく気づかなかった。ここにあるムルヤムのシノンが、断たれていた駅站(ヂャム)を復し、変事を伝えてくれたのだ。礼なら彼に言ってくれ」


 そこで改めてシノンとヤマサンに厚く(カリラ)がなされた。それからはお決まりの宴となったが、そこでヒィ・チノが言うには、


隻眼傑(ソコル・クルゥド)の果断、笑面(だつ)の英明、そして(ハラ)の騎兵の猛勇(カタンギン)は称賛に値する。ムルヤムは私の宝剣だ。その兵を『黒袍軍(ハラ・デゲレン)』と名付けよう」


 草原(ミノウル)に勇猛を(うた)われる精鋭は幾つかある。すなわちジョルチ部の紅袍軍(フラアン・デゲレン)、ウリャンハタ部の竜騎兵、ヤクマン部の赤流星、ダルシェの()()などであるが、ムルヤム軍は一戦にてこれらと並ぶ盛名を得たのである。


 翌日、ホアルンの防備についてヤマサンが献策して言った。


傭兵(ヂュイン)は信に薄く、兵は弱い。やはりナルモントの兵をもって守備に宛てたほうがよいかと思われます」


 即座に断を下して、


「ではお前をここに残そう。五千騎でよいな」


 驚くヤマサンをよそにサルチンに言うには、


光都(ホアルン)で五千騎を養えるか」


「それは心配ない。ただ……」


「解っている。傭兵の契りを結ぼう。俺は光都(ホアルン)をあくまで対等の友邦として扱う。私領とは見ない」


 サルチンは莞爾と笑って、


「では通常の倍額を支払おう」


必要ない(ヘレググイ)


「それは信義に(もと)る。それにただの傭兵に比べれば、倍額でも安い」


 ヒィは笑って、


「そうか、ならばそうせよ。俸給はすべて穀物。オルドへ届けよ」


承知(ヂェー)。契約は成った。文書(デプテル)を作成しよう」


「要らぬ。俺は(ウセグ)が読めぬ。必要(ヘレグテイ)なら適当に作って保管しておけ」


「ならばそのように」


 その後、楚腰道についても再考された。ここで初めて駅馬吏(ウラアチン)が設置されることになった。隻眼傑シノンが街道の保全を命じられた。


 ヒィ・チノは光都(ホアルン)で為すべきことを為すと(ホイン)に帰ったが、途中イルシュ平原に小氏族(オノル)を召集して会盟を行った。勅命(ヂャルリク)を下して、すべてのものはシノンに従うようにした。


 このときからシノンは「南伯」と称されて強大な権勢を誇ることになった。その威勢の及ぶ範囲は、(ウリダ)光都(ホアルン)から北はオルドの近くにまで及んだ。名は遠く西原にまで轟くことになったのである。


 ナルモントの南方はこれまで以上にまとまって、情勢を窺っていた諸氏族(オノル)も、陸続と南伯の幕下に至って臣従を誓った。


 ツジャンは先に述べたようにヒィを諫めて容れられなかったが、あまりにシノンが強大な(クチ)を有するようになったので、密かに警戒を強めた。


 エバ・ハーンの女婿(グレゲン)ケルン・カーンは、神都(カムトタオ)軍の敗報を知ると、すぐに(トイ)を払って(ヂュブル)に帰った。モゲトも追わずに帰還した。


 ヒスワはまたも敗れて、おおいに怒った。先には光都(ホアルン)助力(トゥサ)神都(カムトタオ)を囲まれ、今回は(ガヂャル)から湧いたような小氏族(オノル)に計を破られた。さすがの奸人も(テリウ)を抱えて、


「計略では勝っているのに、なぜ負ける。ヒィ・チノは運の強い奴だ」


 その後、間諜を大量に放って南原の様子を探ったが、光都(ホアルン)にはナルモント軍が入り、駅站(ヂャム)も改良され、再攻略が難しくなったことを知っただけであった。


「次の計だ。常に計策では先んじているのだ。僥倖はそう何度もあるまい。次こそヒィの心胆を寒からしめてくれよう」


 (ニドゥ)に暗い光を(たた)えて奸智を(めぐ)らしたが、この話はここまでにする。




 サルチンがヒィ・チノのオルドを訪れたのは(ゾン)の盛りであった。乾杯して互いに再会を喜ぶと、おもむろに言うには、


「今日は傭兵の俸給を支払いに参った」


「そんなことに楚腰公自ら来なくてもよい」


「ふふ、実は笑面獺と(はか)って、ハーンを益する策を建てた」


「ほう、聴こう」


 すると居住まいを正して言うには、


「ハーンは勇名を(たた)えられて久しいが、大略に関しては常に神都(カムトタオ)の奸人に先んじられている」


「そのとおりだ」


 嫌な(ヌル)ひとつせずに頷く。サルチンはにやりとして、


「やられてばかりではよくない。ヒスワは策を弄するが、人に謀られたことは一度もない。あの謀略に()けた奸人を(おとしい)れることができたら痛快ではないか」


おもしろい(ソニルホルトイ)。ヒスワのような奴は好かぬ。良策があるなら乗ろう」


 そこで語られたことから奸人の(エレグ)は冷え、小人の(エイエ)は乱れることになる。すなわち驕れるもの(オモルカクン)は人を失い、優れるものは志を()べるといったところ。


 これを機に神箭将(メルゲン)は北原に矛を向け、一挙に東原に覇を唱えることとなるわけだが、果たしてサルチンは何と言ったか。それは次回で。

<巻六 終わり>


草原(ミノウル)全土

挿絵(By みてみん)


「巻六 登場人物および関連地図」は、

https://ncode.syosetu.com/n2861ib/6/

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