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草原演義  作者: 秋田大介
巻六
359/783

第九 〇回 ③

ヒスワ楚腰道を断ちて光都を囲み

ヒィ・チノ隻眼傑を得て南伯に任ず

 思わぬ方角から奇襲を受けて、神都(カムトタオ)傭兵(ヂュイン)たちはおおいに混乱する。あわてて方々に散っていた兵をまとめようとするが、無論その隙は与えない。一直線に突き入って散々に追い散らす。


 キュロイ自身、昼間から(アルヒ)に興じていて、(アクタ)()るのもひと苦労といった有様。


「固まれ! (ブルガ)は小勢だぞ。小さく固まって迎え撃て!」


 (ダウン)をかぎりに叫んだが、すでに遅い。手近の百騎(ヂャウン)ばかりをやっとまとめたが、そこにシノンが迫る。その隻眼で睨みつければ、わっと悲鳴を挙げて馬首を(めぐ)らす。


「おおいなるテンゲリの(クチ)にて、奸を滅し、邪を誅す」


 低く呟いて長剣(オルトゥ・ウルドゥ)を一閃すれば、鼎目蛇の首は易々と(ビイ)を離れる。傭兵たちは何が何やら判らぬまま遁走(オロア)する。それをムルヤムの騎兵は次々に討ちとる。


 およそ二十里も追撃して兵を返すと、そのままイルシュ平原に駐屯する。そうしておいて二人は速やかに北上する。


 急ぎに急いでヒィ・チノのオルドに着くと、留守陣(アウルグ)を預かる司命娘子ショルコウに会って、南方の変事を告げる。さすがのショルコウもおおいに驚いて、すぐに神行公(グユクチ)キセイを(ホイン)(つか)わす。


 ことを聞いたヒィは、前線をツジャンに(まか)せると、即座に戻ってシノンを引見した。相対した瞬間、両者は期せずして微笑んだ。


 傍ら(デルゲ)のヤマサンが、簡潔にヒスワの大計を説明してイルシュ平原における戦果を述べた。ヒィは頷きながら聞いていたが、視線はシノンに置いたままだった。そして言った。


「まことに一世の英傑(クルゥド)である。二人を盟友(アンダ)として遇し、ナルモントの諸将に勝る待遇を与えよう。南方の小氏族(オノル)を統轄し、その牧地(ヌントゥグ)について専断を許す」


 これにはみな(チフ)を疑った。どこのものとも判らぬ新参の将に対してあまりに破格の処遇であった。のちにこれを聞いたツジャンが諫めたところ、答えて言うには、


隻眼傑(ソコル・クルゥド)は俺と同類よ。だから重く用いた。それだけのことだ」


「しかしそれでは諸将が得心しません。彼が信用(イトゥゲルテン)に値するかどうかも……」


 ヒィはふんと(ハマル)で笑うと、


「そんなものはひと目見れば判る。『英雄は英雄を()る』と謂うではないか。あの男は得がたい傑物だ。並の処遇では迷わず去るだろう」


 シノンものちに言うには、


「ヒィ・チノは真の英傑だ。少なくとも上将級の待遇をと思っていたが、まさか盟友(アンダ)と認めるとは。『士は己を知るもののために死す』と謂う。俺はヒィのために死のう」


 以後、神箭将(メルゲン)と隻眼傑は兄弟のごとく、両輪のごとく、ナルモントの両翼として雄飛するのであるが、それはあとの話。


 本題に返って、ヒィ・チノは早速軍議を開いて言うには、


「速やかに軍を発して光都(ホアルン)を救う。先駆け(ウトゥラヂュ)は隻眼傑。留守は司命娘子」


 これにアケンカム氏のゴオルチュが異議を唱えた。


「前回のように神都(カムトタオ)を囲めば、自ずと光都(ホアルン)攻囲(ボソヂュ)は解けるのではありませんか」


「それは(ネグ)を知って(ホイル)を知らぬというものだ。『兵に常勝の形なし』と謂う。ヒスワも前回の(てつ)は踏むまい。神都(カムトタオ)の防備は万全だろう。何より光都(ホアルン)は寡兵で調練も足りない。よって大軍を南下させているとは思えぬ。おそらく包囲に必要な数として一万騎(トゥメン)というのが妥当なところだ」


 諸将はなおも得心せぬ様子だったが、ヒィは軍議を閉じた。翌日早くも出立し、輜重はあとにして軽騎のみで先行した。シノン率いる四百騎のムルヤム軍の動きはすばらしく、ナルモントの精鋭が遅れがちになるほどであった。


 途中で偶々(たまたま)サルチンの発した急使に出合った。報告を受けるとキセイに笑いかけて言った。


「やはり読みどおりだ。呼擾虎(こじょうこ)の一万騎が光都(ホアルン)を囲んでいるらしい。敵はまだ駅站(ヂャム)が復したことを知らぬだろうから、不意を衝くことができるぞ」


「しかし傭兵にまで調略の(ガル)が延びているとか。我らの到着まで持ち(こた)えられるでしょうか」


「お前が行って援軍のあることを報せよ」


承知(ヂェー)


 神行公は(サルヒ)のごとく駆け去った。ヒィは光都(ホアルン)の急使に言った。


「ここで会えたのは幸運だった。サルチンらはきっと(こら)えてくれよう」


 再び道を倍して駆け続け、八千騎はついにその偉容を光都(ホアルン)の城外に現した。


「間に合ったようだ」


 ほっとひと息吐いたかと思うと、次の瞬間には突撃の(カラ)を下していた。わっと喊声を挙げるや、一丸となって包囲の一角に突入する。先頭は無論隻眼傑シノン。


 グルカシュは(にわ)かに後方に現れたナルモント軍を見て、驚愕のあまり言葉(ウゲ)を失った。敵の喊声に我に返ると、金毛狗ダルチムカに迎撃を命じたが、すでに自ら浮足立つ有様。


 ダルチムカはジャラート氏の手勢を率いて敵軍の側面を衝こうと試みたが、あるいは(はじ)かれ、あるいは呑み込まれ、たちまちのうちに乱れた。グルカシュは次々と兵を動かして(デム)の破れ目を繕わんとしたが、激流(キヤト)小石(チラウン)を投じるがごとき愚策であった。


 シノンの黒の騎兵は神都(カムトタオ)軍の中央(オルゴル)を分断し、さらに方角を転じて混乱を煽った。そこへヒィ・チノの中軍(イェケ・ゴル)があとからあとから押し寄せて、神都(カムトタオ)軍の陣形(バイダル)完全(ブドゥン)に崩壊した。


皇帝(グルハーン)の計は破れた。退()け、退け!」


 グルカシュは蒼白になって退却を命ずると、真っ先に逃げだした。

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