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草原演義  作者: 秋田大介
巻六
358/783

第九 〇回 ②

ヒスワ楚腰道を断ちて光都を囲み

ヒィ・チノ隻眼傑を得て南伯に任ず

「どういう意味だ」


 ヘカトが尋ねれば、サルチンは答えて、


「使者が一人も帰ってこない」


包囲(ボソヂュ)が厳しくて我らに伝える術がないのだろう」


「それほど厳重とも思えぬ。夜間なら悠々突破できる」


「何を考えている」


 サルチンはしばらく黙っていたが、やがて言うには、


「私がヒスワだったら、一軍を派遣して駅站(ヂャム)を断つだろう、と」


 ヘカトは俄かに青ざめる。そして言うには、


「まさか! ではヒィ・チノは我らの窮状を……」


「知らない、とも考えられる。だとすれば、援軍(トゥサ)は期待できない」


 言葉(ウゲ)を失って黙り込んでいるところに、嫋娜筆(じょうだひつ)コテカイがあわててやってきて、


「これをご覧なさい。さっき街道(モル)でこんなものを拾ったんだけど……」


 差し出したものを見れば、何と城内の傭兵(ヂュイン)に宛てた檄文。読み進むうちに二人の顔色はみるみる変わる。その内容は光都(ホアルン)の支給する倍額をもって翻意を(うなが)すもの。


 傭兵はもとより報酬のためにはたらく。恩義や忠誠とは無縁の存在である。倍額ともなれば動揺は必至である。即座にサルチンは傭兵の営所に赴いて、給与の増額を約した。しかし(たの)みの傭兵に調略の(ガル)が延びていることは脅威であった。


 サルチンは再びヒィに使者を派遣することにした。今度は駅を使わずに行くよう指示する。迂回すればときはかかるが、駅站(ヂャム)が分断されている可能性があるためやむをえない。


「我らは奸人を侮っていたようだ」


 手配を()えたサルチンは悔しそうに吐き捨てたが、この話はここまでにする。




 さて神都(カムトタオ)軍の南下に呼応して、金杭星(アルタン・ガダス)ケルン・カーンはズイエ(ムレン)を渡った。その数、三千。ヒィはそれが光都(ホアルン)攻囲と連動しているとは想像もせず、ただちに迎え撃つべくモゲトを派遣した。


 この常に先鋒(ウトゥラヂュ)を託される猛将(バアトル)は、(カタング)のごとき体躯(ビイ)を有することから「小金剛」の渾名(あだな)を奉られていた。


 さらに大規模な侵攻に備えて兵をズイエ南岸に移動させると、ヒィ・チノ自身もオルドを出て(ホイン)へ移った。かくして東原の二大勢力は南北でそれぞれ睨み合う形勢となった。


 さて、その中でいずれにも属していない一団があった。イルシュ平原の東方三百里に牧するムルヤム氏である。


 騎兵数百を有するのみのこの小氏族(オノル)族長(ノヤン)は、シノン・コムトなる青年。渾名を「隻眼傑(ソコル・クルゥド)」と云う。名の示すとおり、左眼を矢傷によって失っていた。小勢ながら蓋天の気概(ヂルケ)を抱き、間諜を放って東原の情勢をじっと窺っていた。


(とき)だとは思わぬか」


 傍ら(デルゲ)の将に問いかける。幼少よりの盟友(アンダ)、ヤマサン・マシャである。やはり渾名があって、すなわち「笑面(だつ)」。


「ヒスワが駅站(ヂャム)(やく)したため、光都(ホアルン)は風前の灯……。ヒィ・チノはセペート部の南下に(ニドゥ)を奪われている。まったくヒスワは大略を出すことにかけては東原一と言ってよいだろう」


「ふふ、それならなぜ奴は雄飛できぬ。西(バラウン)でインジャに敗れ、(ヂェウン)でヒィ・チノに睨まれ、都城(ゴト)逼塞(ひっそく)しているではないか」


 ヤマサンは笑って答える。


「英雄ではないのだ。(ソオル)は机上ではできぬ」


 シノンが話題を変える。


「我らは単独では塵芥のようなものだ。仕える(エヂェン)を誤ってはならぬ」


「今はヒスワとエバの連合が優勢だぞ。さしもの神箭将(メルゲン)も後手に回っている。しかもまだそれに気づいていない」


 その言葉には応えず、


「隻眼傑の名を知らしめるためには、ただ臣従してもおもしろくない。数多の小氏族(オノル)の末に連なるばかりだ。俺がナルモントに生まれていればよかった」


「そんなことを言うのは君らしくない。で、どうする?」


「俺の(オロ)は決まっている。数百騎をもって神都(カムトタオ)に投じても重用はされぬ」


 ヤマサンは笑みを浮かべて、


「それでなくては。しかしそれはヒィ・チノも同じだぞ」


「認められるだけの戦果を挙げる。情勢を(くつがえ)すほどの戦果だ」


「聴こう」


 シノンはおもむろに顧みると言うには、


「イルシュの鼎目蛇を討つ」


「敵は三千、我が軍の数倍だ」


「勝てぬと思っているのか?」


いや(ブルウ)、まさか」


 二人は笑い合うと、早速手勢を集めた。(ハラ)の軍装に身を固めた精鋭である。シノンは一切の説明をせずにこれを進発させた。総勢四百騎である。草原(ケエル)疾駆(ツォギオ)して、瞬く間(トゥルバス)にイルシュ平原に到達する。


「このまま突っ込む。容赦なく追いまくれ」


 シノンの隻眼が光を帯びて、黒い(アラアタヌイ)のごとく駅周辺に営するキュロイ軍に襲いかかる。

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