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草原演義  作者: 秋田大介
巻六
354/783

第八 九回 ②

タムヤに三雄会盟して東西和合し

ホアルンに両賈(りょうこ)躍動して南北相通ず

 まずマタージがその宝剣を受け取る。中央(オルゴル)の玉杯の前に進んで、


永しえの(モンケ・テンゲリ)天の力(・イン・クチュン)にて(・ドゥル)、ジョルチの大ハーンを長兄とし、ウリャンハタの大カンを次兄として仕え、決して約定に(たが)わぬことを誓わん」


 そして己の肘を()いて(ツォサン)を玉杯に注いだ。代わって左王ゴルタが、


「ハーンの言葉(ウゲ)偽り(クダル)のないことを天王(フルムスタ)様に誓います」


 同じように肘を割いて血を注ぎ、宝剣をナユテに返す。次いでカントゥカとアサンが立ち上がる。宝剣を(ガル)にして言うには、


「永しえなる上天の力にて、ジョルチの大ハーンを(アカ)として敬い、タロトの小ハーンを(デウ)として慈しみ、決して約定に違わぬことを誓わん」


 玉杯に新たな血が落ちる。アサンもゴルタと同じように誓う。最後はインジャの番である。ナユテに宝剣を渡されると、


「永しえなる上天の力にて、ウリャンハタのカンを次弟として貴び、タロトのハーンを末弟として慈しみ、約定の履行に(オロ)を砕き、すべての人衆(ウルス)に安寧をもたらすことを誓わん」


 さっと左腕を差し延べると、手にした宝剣ですらりと肘を割く。(したた)る血が、先のものと混じる。ナオルが最後に血を注ぐと恭しくナユテに宝剣を返す。ナユテはそれをすっと(カンチュ)(ぬぐ)う。三方を見渡して、


三部族(ゴルバン・ヤスタン)はおおいなるテンゲリの名において、堅く兄弟の誓いを立てた! よって玉杯に溢れたる血を(すす)り合い、その(あかし)とすべし」


 高らか(ホライタラ)に告げるや玉杯を慎重に持ち上げて、まずはインジャに捧げる。


「誓いに違えば、七竅(しちきょう)(注1)より血は流れ、暁を待たずして死ぬだろう」


 そう言って玉杯を取り、その(オロウル)を濡らす。そして(みずか)ら立つと、カントゥカに向かって言った。


「さあ、兄弟よ。誓いの杯を受けよ」


 応じて言うには、


「車輪のごとく、両翼のごとく、玉石のごとく、天地のごとく」


 最後にマタージ。


「これを欺けば三族まで呪われよう。これに(そむ)けば三代まで祟られよう。これを軽んずれば我が身が焼かれよう」


 それぞれ唇を赤く染める。ナユテは玉杯を台座の上に戻すと、群衆(バルアナチャ)に向かって両手を広げて叫んだ。


「上天眷命(けんめい)、三部族(ヤスタン)はしかと兄弟となったぞ!」


 わっと大歓声が起こる。金鼓が鳴り響き、爆竹が轟いた。喧騒の中で、ナユテはカコが捧げ持った馬乳酒(アイラグ)を三人のハーンに降り注いだ。またセルヂム(潅奠(かんてん)儀礼)(注2)して天地人に捧げた。


 こうしてジョルチ、ウリャンハタ、タロトの盟約は成った。(ホニデイ)(ほふ)られ、(ボロ・ダラスン)が配られた。これらもすべてジョルチ部が用意したものである。兵衆はおおいに喜び、主君(エヂェン)の偉業を(たた)え合った。


 好漢(エレ)たちも壇を下ったハーンを交えておおいに興じた。盛大な宴はいつ果てるとも知れず、(ナラン)が没したあとも篝火(かがりび)を焚いて続けられた。初めて会うものも胸襟を開いて語り合い、(ムル)を組んで歌い笑った。


 このとき、例の癲叫子ドクトが馬頭琴(モリン・ホール)を掻き鳴らして作った曲は、広く巷間(オルチロン)に流布した。その後も草原の民が会盟する際には、宴席で必ず歌われることとなった。曲名についてはドクト自身が、


「そんなものあるか。即興に決まっているだろう」


 そう笑うので、ナオルとチルゲイがともに(はか)って、


奔馬(クラン)と戯れる」


 という名を奉った。内容とは特に関係のない名である。この歌はずっと後世に西方に伝わったが、いつの間にか歌詞が変じて、


「彼は幸せだったのか」


 という世俗曲となった。さらに西進したあげく、カラヴァーン朝ではなぜか宮廷で演奏されて、題名も、


「愛すべきスルタンの治世」


 なる高貴(カトゥン)なものに変容していた。


 もちろんそんなことはドクトの知るところではない。このときはみながおおいに喜んで、杯を片手に歌い騒いだというだけのことである。


 祝宴は延々と三日三晩に(わた)った。サノウなどは喧騒を嫌って早々に帰ったが、多くの好漢は残って飲み続けた。(ようや)くにして散会となり、両雄は別れを惜しみつつそれぞれの牧地(ヌントゥグ)へ帰還した。




 インジャは豬児吏トシロルをタムヤに()って美髯公(ゴア・サハル)ハツチと交替させた。ハツチに駅站(ヂャム)の設置を委ねるためである。


 補佐に任じられたのは、飛生鼠ジュゾウ、雷霆子(アヤンガ)オノチ、石沐猴(せきもっこう)ナハンコルジ、飛天熊ノイエンの四人である。ハツチらは(はか)って計画を建てると、インジャの認可を得て駅站(ヂャム)の整備に着手した。


 一方、西原のカントゥカは、紅大郎(アル・バヤン)クニメイにこれを命じた。知世郎タクカの知識を基に、矮狻猊(わいさんげい)タケチャク、銀算盤チャオ、そしてカムタイのオクドゥを使って、やはり駅站(ヂャム)の開設にかかった。


 イェスゲイは竜騎士カトメイにイシの改築を進言した。応じて人員が集められたが、その手配は瑞典官イェシノルが担当した。


 メンドゥ両岸の治安は確保され、情勢はまったく安定を見た。それはタムヤ改築の噂とともに西方の商人(サルタクチン)を刺激し、彼らは一斉にタムヤを目指した。


 これまでのように大勢の傭兵(ヂュイン)や人夫を雇わなくてもよくなった分、高い利益が期待されたのである。以後、通商においてタムヤは北路の主人となった。南路には相変わらずカムタイが君臨する。

(注1)【七竅(しちきょう)】顔にある七つの穴のこと。目、耳、鼻、口の七つ。


(注2)【セルヂム(潅奠儀礼)】潅奠(かんてん)(ボロ・ダラスン)(ひた)した薬指を(はじ)いて、天地人に捧げる習俗。第 四 回①参照。

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