第八 九回 ②
タムヤに三雄会盟して東西和合し
ホアルンに両賈躍動して南北相通ず
まずマタージがその宝剣を受け取る。中央の玉杯の前に進んで、
「永しえの天の力にて、ジョルチの大ハーンを長兄とし、ウリャンハタの大カンを次兄として仕え、決して約定に違わぬことを誓わん」
そして己の肘を割いて血を玉杯に注いだ。代わって左王ゴルタが、
「ハーンの言葉に偽りのないことを天王様に誓います」
同じように肘を割いて血を注ぎ、宝剣をナユテに返す。次いでカントゥカとアサンが立ち上がる。宝剣を手にして言うには、
「永しえなる上天の力にて、ジョルチの大ハーンを兄として敬い、タロトの小ハーンを弟として慈しみ、決して約定に違わぬことを誓わん」
玉杯に新たな血が落ちる。アサンもゴルタと同じように誓う。最後はインジャの番である。ナユテに宝剣を渡されると、
「永しえなる上天の力にて、ウリャンハタのカンを次弟として貴び、タロトのハーンを末弟として慈しみ、約定の履行に心を砕き、すべての人衆に安寧をもたらすことを誓わん」
さっと左腕を差し延べると、手にした宝剣ですらりと肘を割く。滴る血が、先のものと混じる。ナオルが最後に血を注ぐと恭しくナユテに宝剣を返す。ナユテはそれをすっと袖で拭う。三方を見渡して、
「三部族はおおいなるテンゲリの名において、堅く兄弟の誓いを立てた! よって玉杯に溢れたる血を啜り合い、その証とすべし」
高らかに告げるや玉杯を慎重に持ち上げて、まずはインジャに捧げる。
「誓いに違えば、七竅(注1)より血は流れ、暁を待たずして死ぬだろう」
そう言って玉杯を取り、その唇を濡らす。そして親ら立つと、カントゥカに向かって言った。
「さあ、兄弟よ。誓いの杯を受けよ」
応じて言うには、
「車輪のごとく、両翼のごとく、玉石のごとく、天地のごとく」
最後にマタージ。
「これを欺けば三族まで呪われよう。これに背けば三代まで祟られよう。これを軽んずれば我が身が焼かれよう」
それぞれ唇を赤く染める。ナユテは玉杯を台座の上に戻すと、群衆に向かって両手を広げて叫んだ。
「上天眷命、三部族はしかと兄弟となったぞ!」
わっと大歓声が起こる。金鼓が鳴り響き、爆竹が轟いた。喧騒の中で、ナユテはカコが捧げ持った馬乳酒を三人のハーンに降り注いだ。またセルヂム(潅奠儀礼)(注2)して天地人に捧げた。
こうしてジョルチ、ウリャンハタ、タロトの盟約は成った。羊が屠られ、酒が配られた。これらもすべてジョルチ部が用意したものである。兵衆はおおいに喜び、主君の偉業を称え合った。
好漢たちも壇を下ったハーンを交えておおいに興じた。盛大な宴はいつ果てるとも知れず、陽が没したあとも篝火を焚いて続けられた。初めて会うものも胸襟を開いて語り合い、肩を組んで歌い笑った。
このとき、例の癲叫子ドクトが馬頭琴を掻き鳴らして作った曲は、広く巷間に流布した。その後も草原の民が会盟する際には、宴席で必ず歌われることとなった。曲名についてはドクト自身が、
「そんなものあるか。即興に決まっているだろう」
そう笑うので、ナオルとチルゲイがともに諮って、
「奔馬と戯れる」
という名を奉った。内容とは特に関係のない名である。この歌はずっと後世に西方に伝わったが、いつの間にか歌詞が変じて、
「彼は幸せだったのか」
という世俗曲となった。さらに西進したあげく、カラヴァーン朝ではなぜか宮廷で演奏されて、題名も、
「愛すべきスルタンの治世」
なる高貴なものに変容していた。
もちろんそんなことはドクトの知るところではない。このときはみながおおいに喜んで、杯を片手に歌い騒いだというだけのことである。
祝宴は延々と三日三晩に亘った。サノウなどは喧騒を嫌って早々に帰ったが、多くの好漢は残って飲み続けた。漸くにして散会となり、両雄は別れを惜しみつつそれぞれの牧地へ帰還した。
インジャは豬児吏トシロルをタムヤに遣って美髯公ハツチと交替させた。ハツチに駅站の設置を委ねるためである。
補佐に任じられたのは、飛生鼠ジュゾウ、雷霆子オノチ、石沐猴ナハンコルジ、飛天熊ノイエンの四人である。ハツチらは諮って計画を建てると、インジャの認可を得て駅站の整備に着手した。
一方、西原のカントゥカは、紅大郎クニメイにこれを命じた。知世郎タクカの知識を基に、矮狻猊タケチャク、銀算盤チャオ、そしてカムタイのオクドゥを使って、やはり駅站の開設にかかった。
イェスゲイは竜騎士カトメイにイシの改築を進言した。応じて人員が集められたが、その手配は瑞典官イェシノルが担当した。
メンドゥ両岸の治安は確保され、情勢はまったく安定を見た。それはタムヤ改築の噂とともに西方の商人を刺激し、彼らは一斉にタムヤを目指した。
これまでのように大勢の傭兵や人夫を雇わなくてもよくなった分、高い利益が期待されたのである。以後、通商においてタムヤは北路の主人となった。南路には相変わらずカムタイが君臨する。
(注1)【七竅】顔にある七つの穴のこと。目、耳、鼻、口の七つ。
(注2)【セルヂム(潅奠儀礼)】潅奠。酒に浸した薬指を弾いて、天地人に捧げる習俗。第 四 回①参照。