表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
草原演義  作者: 秋田大介
巻六
346/783

第八 七回 ②

チルゲイ会盟を前に大慶に狂喜し

ナユテ好漢に従いて新妻を略奪す

 そこでヨツチには、タムヤでマタージ・ハーンに挨拶してから行くよう伝える。ヨツチはその(ウドゥル)のうちにミヤーンとともに出立した。


 新設の渡し場(オングチャドゥ)から渡河して直にタムヤに向かえば、東岸が近づくにつれて大工事の様子が(ニドゥ)に入る。ヨツチは、ほうと息を吐くと(ダウン)もない。仮の渡し場で下船して入城を果たし、無事にマタージ・ハーンに謁見する。


 マタージの歓待を受けて翌日、ジョルチン・ハーンのオルドを目指す。何ごともなく到着すると、雪花姫(ツァサン・ツェツェク)カコに首尾を告げて、ともにインジャに(まみ)える。


 大カンの言葉(ウゲ)を伝えれば、インジャはほっとしてヨツチを(ねぎら)う。さらに物資の供出などを快諾する。サノウを顧みれば無言で頷く。


 早速お決まりの宴となり、タムヤの工事や、神道子の近況などが話題に上る。ともかく最大の懸案が解決して、あとは渡し場の竣工を待つばかりとなった。




 ところでナユテはあれ以来、チルゲイの言葉の意味を考えて悶々としていた。そこへ突然、笑破鼓クメンが現れる。例によって笑みを絶やすことなく拱手して言うには、


「神道子の助力(トゥサ)を請いたい。カオエンに来たれ」


 独りで鬱屈していてもしかたないので承諾すると、早速出発する。ひとつにはカオエンに行けば、サチに()えるやもしれぬと思ったからである。ついでにチルゲイを訪ねて真意を(ただ)そうと(オロ)に決める。


 連れ立ってアイルに達すると、クメンは己のゲルに案内する。これを一瞥するや(フムスグ)(ひそ)めて言うには、


「君の家には体調のすぐれない人があるだろう」


 クメンはおおいに驚いて、


「どうして判った? まさしくそれを(はか)ろうと思っていたのだ。さすがは神道子、やるではないか」


「調子が悪いのは誰だ」


(エチゲ)だ。(にわ)かに(フル)が萎えてしまった上に、嘔気が治まらぬ。もちろんアサンにも診てもらったが、さすがの聖医(ボグド・エムチ)ですら病因が判らない。そこで君を呼んだというわけだ」


 ナユテは頷くとゲルを指して、


「ゲルを(うつ)せば治るだろう」


「どういうことだ?」


「ゲルの西北の隅を掘ってみろ。死者が埋葬されているはずだ。君の父親はその毒気に()たったのさ。私なら絶対にこんなところにゲルを建てたりしない」


 そう言って身震いする。クメンは吃驚して駈け込むと、家人にそれを告げる。神道子の威名はすでに轟いているので、誰も疑うことなく速やかに解体が始まる。言われた箇所を掘ってみると、はたして言葉のとおりであった。


「どうすればよかろう」


「改めて埋葬したほうがよい。十分に(まつ)れば悪霊(アダ)を避けることができるだろう」


 家人は畏れ(おのの)きながらそれに(したが)って、口々に(カリラ)を述べた。クメンもおおいにナユテを(たた)える。そこで急に思い出したように言った。


「花貌豹の母親(エケ)が、また君に頼みごとがあるようだったぞ」


 思いもかけずその名を聞いて心臓(ヂルゲ)が大きく波打つ。動揺を悟られたかとクメンを窺えば、何も気づかなかった様子。ほっとしてまたともに馬上の人となる。


 サチのゲルが近づくにつれて次第に鼓動は高まる。その音を聞きつけられやしないかと恐れるほど。やがてゲルとその前に佇む母親の姿(カラア)が視界に入る。先方もこちらを認めたらしく、何やら騒ぎながら中へと消える。


 到着して(モリ)を降りると、また母親が飛び出してきて言った。


「先日はありがとうねぇ。待ってたよ、お入り」


 一礼して緊張の面持ちで戸張(エウデン)をくぐったが、サチは不在だった。がっかりするのと、ほっとするのとで複雑な心境になる。


 目の前の高き座(オンドゥル)(サハル)をたくわえた老人(ウブグン)が座している。サチの父親だろうかとあわてて挨拶すれば言うには、


「神道子の高名はかねて聞き及んでいる。そこでわしから頼みがあるのだが、聞いてもらえるかね」


はい(ヂェー)、喜んで承ります」


 ひどく緊張しながら答える。と、そのときである。表でがやがやと騒ぐ声がしたかと思えば、例の母親が大声で言うのが聞こえる。


「もう先生はお見えだよ! 間に合って良かったね」


 何のことかと(いぶか)しんでいると、戸張が開いて手に手に酒食を携えた男女がどっと入ってくる。


 ナユテはあっと驚いた。何とそれはかつて知ったる好漢(エレ)たち、すなわち聖医アサン、奇人チルゲイ、麒麟児シン、知世郎タクカ、矮狻猊(わいさんげい)タケチャク、蒼鷹娘(ボルテ・シバウン)ササカ、娃白貂(あいはくちょう)クミフといった面々。


 老人は驚くことなく鷹揚に頷いて新たな客人(ヂョチ)を座らせると、ナユテに向き直って言った。


「用件を話してもよいかね?」


 呆然自失の(てい)だったナユテは、はっと我に返って謹んで先を(うなが)す。老人は莞爾と笑うと言うには、


「わしの一人娘は今なお(ブステイ)のように(アクタ)を駆ったり(ヂダ)を振るったりしているが、あれで一応は(オキン)じゃ。(ナス)もすでに二十数歳、このままでは一生(オキ)に行かぬのではないかと危惧しておる。あれが(とつ)がねば、わしの家は断絶する」


 老人は深い溜息を吐いた。ナユテのほうはみるみる青ざめていく。


「そこで、お前に頼みというわけだ。……わしの娘を誰が嫁に貰ってくれるか、占ってもらいたい」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ