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草原演義  作者: 秋田大介
巻六
345/783

第八 七回 ①

チルゲイ会盟を前に大慶に狂喜し

ナユテ好漢に従いて新妻を略奪す

 さてジョルチ部の軍師サノウが、ウリャンハタ部との会盟において、


(アカ)としてでなければ会盟しない」


 そう言いだしたことから、急火箭ヨツチはあわてて西帰してこれを報告した。外交を担う奇人チルゲイが大カンに(はか)ったところ、何の支障もなく話が通じたので、喜んで神道子ナユテを訪ねた。


 そこに不意にナユテの慕う花貌豹サチが現れた。おおいに驚いてナユテを追及すれば、その(エケ)のために占ったことから、少しばかり懇意(カラウン)になったとのこと。


「もう言うことはない。ウリャンハタは喜んでジョルチの(デウ)になろう」


 そう言い放てば、ナユテは困惑して、


「はぁ? 何を言いたいのかさっぱり判らぬ」


 すると奇人、わっと叫んで立ち上がるや、大声で乾杯を唱える。呆れて止めることもできずにいると、とうとう両手を挙げて踊り、また歌いはじめた。ここに至ってナユテはやっとその裾を(つか)むと、


「気でも狂ったか。少し落ち着け!」


「正気、正気、しかしこれが落ち着いていられるか! 慶事が一挙にふたつも転がり込んだのだぞ」


「ますます意味が判らない。いったいどうしたというんだ?」


 チルゲイは途端に踊りやめると、なぜか小声で言うには、


「さあ、飲むぞ、飲むぞ。嬉しいときは飲み、歌い、踊る。こればかりは数千年も昔から不変の道理(ヨス)だ。そうだろう、神道子」


 すでにナユテは問うのを諦めている。チルゲイは殊の外陽気な様子で、飲みかつ喰らいながらときどきナユテの(ムル)を叩く。


 結局花貌豹については何も言わず、会盟の件など語りながらときは過ぎた。いよいよ帰る段になって、ナユテはついに(こら)えきれずに尋ねて言った。


「ふたつの慶事とは何だ? 今日の君は変だぞ」


 愉快そうに答えて言うには、


「己について占うことを勧める。慶事は自ずから明らかとなろう」


 ナユテは溜息を()く。チルゲイは馬上の人となるとまた付け加えて、


「大慶、大慶。花貌豹は君にやろう。ウリャンハタからの贈物(サウクワ)だ」


「えっ?」


 訊き返したが答えることなく、高らか(ホライタラ)な笑い声を残して馬腹を蹴る。そして呟いて言うには、


「代わりにジョルチからは神道子を貰うぞ。兄の名などいくらでもくれてやる」


 つまりチルゲイは、ナユテがサチの(セトゲル)を得たことを確信したのであるが、くどくどしい話は抜きにする。




 さて、アイルに戻って四日後、案の定シン・セクが怒鳴り込んできた。


「やあ、麒麟児。待っていたぞ」


「何? まあよい。いったいどういうことだ。得心のいくよう説明しろ!」


「落ち着いて座るがいい。まったく万人長(トゥメン)ほどの男が何をあわてている」


 とりあえず(ボロ・ダラスン)を出して対面に座す。シンはぐいと杯を干すと、


「ジョルチめ、兄でなければ会盟せぬなどと抜かしたそうではないか。何という傲慢、こんな人を愚弄した話はない!」


「君も名実の(ヨス)(わきま)えぬものか」


「何だと?」


 チルゲイはそれを制すると、懇切に名に(こだわ)る害を説いた。もっとも重要なのはメンドゥ(ムレン)を挟んだ両部族(ヤスタン)が連合することであり、名を得ることではない。ジョルチ部のサノウもそれを知った上で我らの信を(はか)っているのだと。


 さらに名を与える代償に実益を得るよう条件を提示することを述べれば、シンは大きく頷いて、


「ちゃんと考えているならいいんだ。俺はてっきり辞を(ひく)くしたせいで付け込まれているのかと思った」


 これには苦笑したが、顔つきを改めると言うには、


「麒麟児よ、我々には各々定まった職分がある。外交は君の職掌にない。それに大カンの合意で決したことだ。軽々しく騒ぎ立てるのは感心しない」


 もとより道理の解らぬものではないので、あっさりと謝る。奇人は笑顔に戻ると言った。


「もうひとつ。神道子をウリャンハタへ譲らせるつもりだ」


 シンはおおいに驚いて、


「いくら何でもそれは無理だろう。どうやって?」


 それには答えずににやにやと笑うばかり。ともかくシンが得心したので、大ゲルに赴いてヨツチを召すと、再び中原へ()ることにした。そこにちょうどミヤーンがタムヤの渡し場(オングチャドゥ)に関する経過を報告に来ていた。久闊を叙して聞けば、


「両岸の測量は()わって、派遣する人員、舟の移動もすんだ。タムヤでは技術(エルデム)を学ぶものを募り、美髯公(ゴア・サハル)ハツチが統轄することになった。今、イェスゲイの計画に基づいて大工事が行われている」


「大工事?」


「西門にメンドゥ(ムレン)から水路を引いて、城内に停泊池を造っている。つまり舟に乗ったまま直に城内に入れるようにするのだ。それに伴って城壁(ヘレム)も造り直している。一度見てきたが大変なことになっているぞ」


 居合わせた好漢(エレ)(ニドゥ)(みは)る。チルゲイは感嘆して、


「イェスゲイの手腕(アルガ)は紅火砲ですでに知っているつもりだったが、いやはや常人には量り知れぬ」

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