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草原演義  作者: 秋田大介
巻六
343/783

第八 六回 ③

アステルノ奸謀を測りて超世傑を(いまし)

サノウ兄名を欲して衛天王を(はか)

 もう一方の大族の動静も語っておかねばならない。すなわち中原北半を制する新進の雄、ジョルチン・ハーンと黄金の僚友(アルタン・ネケル)たちである。


 ジョルチ部ではウリャンハタ部との会盟を控えて、準備が着々と進められていた。正使である雪花姫(ツァサン・ツェツェク)カコと協議が重ねられ、早馬(グユクチ)が何度か両部族(ヤスタン)の間を往来した。


 西原には神道子ナユテと奇人チルゲイがあって調整を行っていた。最大の難問だったのが、ジョルチの軍師サノウが発議した問題であった。すなわち、


「会盟にあたって、どちらを(アカ)とするか」


 というものである。ジョルチとタロトについてはすでに序列が決していたが、これにどうウリャンハタを加えるかは未決だった。


 もとよりカコの一存では決められず、副使ヨツチ自ら帰って、まずは外交を担うチルゲイに報告した。これを聞いた奇人は苦笑して、


「またあの堅物(コキル)難しい(ヘツウ)ことを言いだしたぞ。で、先方は何と言っている」


 尋ねれば答えて、


「ジョルチン・ハーンはどちらでもいいようだったが、軍師が必ず兄でなければいけないと主張している」


「ははあ、なるほど。さて我が大カンは何とおっしゃることやら」


 そう言って首を捻ったが、どこか楽しげであった。ヨツチは(いぶか)しく思って、


「なぜそんなに楽しそうにしている。俺はそのとき雪花姫がいなけりゃ、軍師とやらを殴りつけるところだったぜ」


 呵々大笑して言うには、


「君は使者に向いてないなあ。要は名と実の話だ。インジャ殿は実を図り、サノウは主君(エヂェン)のために名を重んじている。さて、私はどうしたものか。熟考、熟考」


 そこでまずアサンを訪ねると、笑いながら事の次第を伝えた。アサンは(フムスグ)(しか)めて、


「それで貴公はどう対処されるおつもりですか」


「まあ、大カンの意向にもよるがね。私としては(オロ)は決まっている」


「伺ってもよろしいですか」


「ははは、もとより聞いてもらおうと思って来たのだ」


 咳払いひとつすると、


「実を取ろう。ジョルチン・ハーンを兄として会盟に臨む。ただしタロト部よりは席次を上にしてもらう。つまり次兄ってわけだ。それと、会盟に必要なものは兄であるジョルチ部に供出してもらう。もともとタムヤの渡し場(オングチャドゥ)に関しては我々が負担しているからな」


 アサンは熟考した末に答えた。


「それでよいかと思います。大カンもおそらく名分には(こだわ)らないでしょう。ただ……」


 続きを(うなが)せば言うには、


「麒麟児辺りが得心するでしょうか。人の下風に立つのを嫌う人ですから」


「ちょうどよい機会(チャク)だ。大カンの権威というのを認識してもらうさ」


「そのためには大カンの意向を確かめておかねばなりませんね」


「それはそうだ」


 頷くと、その足で大ゲルへ向かった。ことを告げると、案の定あっさり答えて、


「そんなものはどちらでもいい。わざわざ確認するには及ばん」


 その場にいた潤治卿ヒラトも、アサンの了承も得ていると聞いて異議は唱えなかった。チルゲイはおおいに喜んで、


「諸将のうちで反対するものがいたら、私のほうへ回してください」


 それからチルゲイは、ナユテを訪ねる。話を聞くとナユテは驚いて、


「軍師の言いそうなことだ。兄弟の順など瑣末なことだと思っていたが、まさか兄でなければ会盟しないとは」


 ここでもチルゲイはおもしろがって、


「我が大カンの度量に感謝してもらいたいね」


 などと言う。ナユテは舌打ちしたが、すぐに大笑い。そして言うには、


「軍師は個人で交際するにも慎重だが、よもや部族(ヤスタン)規模で相手を試すとは恐れ入った。もし大カンが首肯しなかったら、どうするつもりだったんだろう」


「そのときこそ我らの才略(アルガ)が問われたのさ。(あや)うい、殆うい」


 そこでナユテははっと(ヌル)を上げると、


「来る早々そんな話をするものだから、(ボロ・ダラスン)を出すのを忘れて(ウマルタヂュ)いた」


 側使い(エムチュ)に命じて酒食を用意させる。もとより奇人は無類の酒客、おおいに喜んで杯を受け取る。酌み交わすうちに酒興自ずから至り、やがて言うには、


「そうだ、神道子。君に(ただ)すことがあるぞ!」


「おや、何の話か、さっぱり判らぬが」


「ほほう、身に覚えがないと言うか。然らば尋ねよう、君は……」


 そう言いかけたとき、表から案内を請う(ダウン)がして制される。チルゲイは(アマン)を尖らせて戸張(エウデン)見遣(みや)ったが、入ってきたものを見て瞠目する。


 そのものもまた奇人の姿(カラア)を認めると、あっと驚いて立ち尽くす。


「奇人じゃないか、こんなところで何をしている」

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