第八 六回 ①
アステルノ奸謀を測りて超世傑を警め
サノウ兄名を欲して衛天王を度る
数多の好漢の助力でヤクマン部を脱した赫彗星ソラは、遠く西北のケルテゲイ・ハルハに投じた。獅子マルナテク・ギィが治めるマシゲル部の冬営である。
主客分かれての宴席で互いの来歴を披露に及んだところ、座はおおいに盛り上がった。そこでふとギィが思いついて言った。
「赫彗星はダルシェと戦ったと先に言いましたね」
頷くとギィはどこか切迫した様子で尋ねた。
「ではお聞きしたいことがあります。ダルシェの陣中にバラウンジャルガルなるものがおりませんでしたか」
そしてその人となりを細かに語る。余の好漢も熱心に耳を傾ける。ソラはしばらく考えていたが、やがて首を振ると、
「申し訳ありませんが、記憶にありません。ダルシェの勇将といえば、盤天竜ハレルヤしか知りません」
みなそれを聞いて明らかに肩を落とす。ソラは訝しんで、
「バラウンジャルガルとは何ものです?」
ギィが言いにそうに答える。
「マシゲルの上将だった男です」
ソラは疑問は質さねば収まらない性分だったので、
「えっ、それがなぜダルシェに?」
そこで遡って話して言うには、
「カラバルで我が軍が同士討ちを演じたことは先に話しましたが、そのとき一方の軍を統べていたのがバラウンです。同士討ちに気づいたバラウンはおそらく遁走したのでしょう、いまだに行方が判りません。そこで以前、神道子ナユテに彼の所在を占って(注1)もらったのです。表れた卦は難解でしたが、チルゲイが言うにはきっとダルシェを指すに違いないとのこと。ゆえにお尋ねしたというわけです」
ソラは黙って聴いていたが、占卜云々の話になるとあからさまに顔を顰めた。ついに堪えきれずに言うには、
「そんな占卜など信じておいでですか。占卜とは人の意志の助益に過ぎないものでしょう。知りえぬものを知ることはできません。中たったとしても偶然です」
もっともな意見であったが、これはすぐにコルブに反論される。
「その辺の卜人においてはそうでしょう。しかし神道子は人智を超えた神業の主です。占って中たらざるはなく、卜して知らざるはありません。私も最初はまるで信じておりませんでしたが、実際その効を目の当たりにしたのです」
そう言って、ギィとはぐれていたときに神道子のおかげでケルテゲイ・ハルハに合流できたことを明かす。
ソラはなお信じがたかったが、とりあえず頷いておいた。さてこのあとも宴は続き、ソラはマシゲルの好漢たちと深く交わりを結んだのであるが、この話はここまでにする。
舞台は南原に戻って、碧水将軍ことオラル・タイハンの話。彼はソラを北へ逃がしたあとも素知らぬ顔でトオレベ・ウルチに仕えていたが、年が明けてまもないある日、一大転機が訪れた。
ジョシの残党狩りも一段落し、近衛軍は元のとおりオルドの守りに就いていた。そこへイレキ氏のアイルから早馬が到着した。ハーンに謁見して言うには、
「族長の病いよいよ篤く、イレキの人衆は不安に陥っております。そこで近衛に出仕しているオラル・タイハンの任を解いて、我らにお返しください。余人では東方鎮護の重任に堪えられませぬ」
早速オラルが召されてことを告げられる。さらに勅命が下って、
「イレキはわしの片腕と恃むものどもである。行って人衆を寧んじ、我が命を伝え、我が令を布け。近衛の役を解いて東方鎮護の大任を授ける。さらに忠を尽くし、ハーンの狗となって草原を駆けよ」
オラルはそもそも予測していたことだったので、あわてることなく拝命すると、その日のうちに故郷に向かった。すなわち先に赫彗星に漏らしたとおり「オルドを離れた」のである。
帰ってまもなく族長は卒した。人衆は一致してオラルを族長に戴いた。高名な碧水将軍が帰ってきたことで人衆はおおいに喜んだ。
オラルはハーンに請うて、近衛兵の中からイレキ氏のものを還してもらうと腹心として要職に就け、代わりの子弟を募ってオルドへ送った。
かくしてオルドの東西に、それぞれ碧水将、紅火将の両雄が並び立つことになったのであるが、この話もここまで。
ジョシ氏の誅滅以降、諸将はオルドの動向を注視していたが、しばらくは梁公主の専断は変わらぬものの、何ごとも起らなかった。
そのため皁矮虎などは、やはり狙いはテラン・ゴアとジョシ氏の勢力を奪うことだけだったのではないかと述べたが、超世傑、神風将軍らは慎重に様子を見守った。碧水将、紅火将とも密かに通じて変事に備えた。
それでも彼らが等しく驚く事実が明らかになった。新年になって最初の大会議でのことである。やはり梁公主の姿もある。七卿の一人、チンラウトからそれは告げられた。
「おおいなるテンゲリの力において、梁公主様がご懐妊なされました」
すかさず七卿が立って祝辞を述べ、四頭豹、亜喪神らがそれに続いた。余の諸将はあまりに驚いてすぐには反応を示すこともできない。
超世傑、神風将軍らは思わず顔を見合わせる。紅火将が目で促して彼らもやっと慶賀を述べたが、動揺は隠せない。
(注1)【所在を占って】第四 七回③参照。