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草原演義  作者: 秋田大介
巻一
34/783

第 九 回 ② <ゴロ・セチェン登場>

コヤンサン神都に往きて(しん)に二商と争い

ハツチ大道を巡りて楼に一将を(いざな)

 見ればズラベレン氏族長(ノヤン)のコヤンサン。彼らはまもなくズレベン台地に帰ることになっていた。興奮して言うには、


「聞きましたぞ。俺がインジャ殿に代わって神都(カムトタオ)に参りましょう。その何とかいう学者の首に縄を付けてでも連れて帰ってきます」


 セイネンがおおいにあわてて、


「こら、お迎えしようと話しているのだ。(さら)ってこいなどと誰が言った」


はい、はい(ヂェー ヂェー)。インジャ殿、ぜひ俺にお(まか)せあれ。きっと意に沿うことができましょうぞ」


「君は神都(カムトタオ)に行ってみたいだけだろう。義兄、そのうち私が自ら訪ねます。しばらくお待ちください」


「インジャ殿、『駿馬(クルゥグ)を得るには寸時も惜しまず、千里も遠し(ホル)とせず』と謂うではありませんか。なに、ちょっと往って帰ってくるだけ、心配ありませんや」


 インジャは、やれやれという(ヌル)で二人を見比べた。そして言うには、


「セイネンの危惧もわからんではないが、コヤンサンの言うことにも一理ある。まことに『寸時も惜しまず、千里も遠しとせず』だ。ここは彼に(まか)せてみよう。その代わり神都(カムトタオ)で遊び呆けていてはならんぞ」


 コヤンサンは跳び上がらんばかりに喜んだ。すぐ戻ることを誓うと挨拶もそこそこに出ていく。セイネンがすぐさまこれを追って言うには、


「おい、約束してほしいことがある」


「何だ。どうも信用(イトゥゲルテン)がないな」


 セイネンは眉間に皺を寄せると、(ホロー)を立てつつ、


「一、従者(コトチン)は一人しか連れていってはならん。

 二、神都(カムトタオ)には三日以上滞在してはならん。

 三、サノウに無礼(ヨスグイ)をはたらいてはならん。

 四、騒ぎを起こしてはならん。

 五、往き帰りの道中は酒類(ボロ・ダラスン)を飲んではならん。

 この五事を守れるか?」


「『ならん』ばかりだな。まあよい、承知した(ヂェー)。学者殿を連れて帰るのを楽しみにしておれ」


 とて豪快に笑って去る。あとに残ったセイネンは、まるで安心できぬままその後ろ姿を見送ったが、くどくどしい話は抜きにする。




 翌日、コヤンサンは意気揚々と出立した。まずは言いつけどおり従者は一人。神都(カムトタオ)までの道程は片道十日である。


 途中ベルダイ氏の牧地(ヌントゥグ)を抜け、大ズイエ(ムレン)に沿って下っていくと、大ズイエ(ムレン)は南北ふたつの流れに分かれる。(ホイン)の流れはそのまま大ズイエ、(ウリダ)の流れをカオロンと云う。


 (ムレン)を渡れば、この二流に挟まれるように草原(ミノウル)最大の都市(ゴト)神都(カムトタオ)がある。


 この神都(カムトタオ)は先に述べたジュレン部の三代目ハーン、ウムゲが諸国に誇るべく建設したもので、以来商業都市として栄えている。張の袁光が和平の使者となってここを訪れたとき、その威容に感心して、


「神都は竜の舌下の玉なり」


 そう絶賛したという。ズイエ、カオロンの二流を竜の(アマン)に見立てたのである。


 さて、当のコヤンサンはそんなことなどは知る由もなく、ただ噂の(ゴト)に行けると大喜びで(アクタ)を走らせた。道中は言われたとおり酒は一滴も口にしなかったが、ほかは飢えては喰らい、渇いては飲み、陽が沈めば休み、夜明けとともに発つというお決まりの行程。


 格別のこともなく、十日目にカオロン(ムレン)渡し場(オングチャドゥ)に着いた。


 渡し場からは何艘もの舟が、人やものを載せて往来している。コヤンサンは適当に舟を選んでいざ乗り込まんとしたところ、いきなり呼び止められた。


「こら、私がいるのが見えんのか」


「何だと!」


 振り向けば、人品(いや)しからぬ一人の男が立っている。その後ろには大勢の小者(カラチュス)が従っている。その人となりはというと、


 身の丈七尺半、面は陽に焼けて浅黒く、歯は(しろ)く、双眸には光ある一見してそれとわかる好漢(エレ)


 だがコヤンサンはかっとして、


「誰だ、お前は」


 尋ねれば、男もこれを睨みつけて、


「誰だとは何だ、人の舟に無断で乗ろうとしていながら無礼な奴め。どこの野人か知らぬが早々によそへ行くがいい」


 語気鋭い男の言葉(ウゲ)に、(ようや)くただならぬ気配を察したコヤンサンは、ひとまず怒り(アウルラアス)を収めて、


「貴殿の舟とは知らずに失礼した。これより神都(カムトタオ)にあるお方を訪ねるもので、ジョルチ部のコヤンサンと申す。非礼は詫びるゆえ、ご芳名をお聞かせ願いたい」


「お前に名乗る必要(ヘレグテイ)もないが教えてやろう。神都(カムトタオ)にその人ありと言われたゴロ・セチェンとは私のことだ。たった今、西域(ハラ・ガヂャル)より帰ってきたところ、お前が人の舟に乗ろうとしているのに出遭ったというわけよ」


「そうであったか。西域(ハラ・ガヂャル)へは何の用で?」


 ゴロは苛々した様子で、追い払うように(ガル)を振ると、


「お前の知ったことではない。さあ、もう退()いてくれ。(ザウタイ)じゃないんだ」


「舟に空きがあれば我々を乗せてくださらんか」


 するとゴロは(ニドゥ)()いて、


「何だと? 空きなどない、ない。帰れ、帰れ」


 コヤンサンはゴロの人を見下した態度にいちいち腹が立ったが、相手が数多の小者を連れているのに加えてセイネンの戒めもあったので、言われるままに道を開けた。ゴロは小者を指揮して荷を積んでしまうと、さっさと行ってしまった。

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