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草原演義  作者: 秋田大介
巻六
338/783

第八 五回 ②

ソラ冷泉に伏して碧水将に()

オンヌクド険路を越えて蓋天才に(まみ)

 ソラはもたもたと(エルギ)に上がったが、震えが止まらず歯の根も合わない。


「もうしばらくここにいたほうがよい。私は何も見なかったことにする」


 何とか感謝を述べようとしたとき、遠くから(ダウン)がかかって、


「オラルっ! そっちはどうだ!」


 顧みて叫ぶ。


「こちらにはいないようだ! ほかを当たれ!」


 また向き直って、


紅火将(アル・ガルチュ)(とが)が及ぶ前に去れ。超世傑や神風将(クルドゥン・アヤ)も疑われている」


「すまない」


 悄然として答えると、オラルは笑って、


「またどこかで(まみ)えよう。今日は幸運だったな」


 そう言い残して、来た(モル)を戻る。テンゲリの加護とはまさにこのこと、ソラは九死に一生を得た安堵からか、その場に倒れ臥す。


 結局、近衛兵(ケシクテン)は何も得られずに帰った。去り際にオラルは、密かにキレカに(ささや)いて言うには、


「赫彗星のことだが、外へ逃がすことを勧めておく」


 キレカはあっと驚いたが、それを制してさらに声を落とすと、


「実は(ブラグ)の中に奴を見つけたのだが、見ぬふりをした。次も私が見つけるとはかぎらない」


「そうだったのか……。承知した(ヂェー)、早急に手を打とう」


「それがよい。ではまた」


 近衛兵が去ったあとで急いで行ってみると、ソラが気を失って倒れている。あわてて運び込んだが、それから七日ばかり高熱を出して寝込んでしまった。


 熱が下がると、オラルに救われたことを話して遠方に退去することを申し出る。キレカも無論同意して、


「では超世傑に(はか)ってみよう」


 するとソラは逡巡して言った。


「オラルによると、ムジカやアステルノも疑われているとか。俺としてはあまりみなに累を及ぼしたくない」


 それを聞いたキレカは吹きだすと、(ムル)を叩いて言った。


「ははは。殊勝なことを言うではないか。全然らしくないぞ」


 ひととおり笑い合ったあと二人であれこれ考えてみたが、二人とも部族(ヤスタン)の外に知己がない。果たしてやはり超世傑を(たの)むべきだということになった。


「となれば早いほうがいい。すぐに発とう」


 キレカはソラの健康を案じて送っていこうとしたが、丁重に断って早速準備を始める。そこへ来客の報せ。ソラはあわてて身を隠そうとする。


「赫彗星、隠れんでもよいではないか」


 驚いて見れば何と神風将軍。再会を喜んで言うには、


「オラルから聞いたぞ。(あや)ういところだったな」


「神風兄の予言(ヂョン)どおりになった。先日は碧水将(フフ・オス)のおかげで助かった」


「さすがに消沈しているな。実はムジカと(はか)ってお前を連れ出しに来た。オラルも言うように、もはやヤクマンにいては危険だ」


 ソラは不安そうに言った。


「俺には行くところがない。ちょうど今、それを紅火将と話していたところだ」


「心配するな。黙ってついてこい」


 自信満々で言うので、おとなしく従う。即日、二人の好漢(エレ)は出立した。


「では神風将軍、ソラを託したぞ」


 キレカが言えば、呵々大笑して、


「まったくこいつのおかげでみなが忙しい。とりあえず貸しておくさ」


 ソラは申し訳なさそうに俯く。その(ノロウ)をどんと叩くと、


「さあ、気合い入れて行こうぜ!」


 その後は飢えては喰らい、渇いては飲み、朝発ち、夜休むお決まりの行程。道中格別のこともなく目指すアイルに辿り着く。


 報せを受けてすぐにマクベン、アルチンの二人がこれを迎える。大ゲルに着くとムジカらが歓声を挙げる。ソラが恥ずかしそうに礼を述べると、


「何せ無事で良かったじゃない。ここまで来れば安心だよ」


 タゴサが快活に言ってこれを座らせる。アステルノもどっかと腰を下ろすと、


「やあ、身体(ビイ)が冷えきっているぞ。とりあえず(アルヒ)だ、酒だ」


「相変わらずだな」


 ムジカは笑うと側使い(エムチュ)に命じて酒食を並べさせる。名立たる好漢が(ヌル)を揃えて、宴はいつもより盛り上がったが、次第にソラの口数が減ってくる。


「何やってんの、しっかり食べないと。これから旅立つんだよ!」


 タゴサがやや赤くなった顔で言えば、


「……そのことなんだが」


 みな(チフ)を傾けて続きを待つ。うなだれて言うには、


「俺はまったく阿呆(アルビン)で、みなを(わずら)わせてばかりだ。今もただただ神風兄に連れられて押しかけてはみたものの、これからどうすればよいやらさっぱり判らぬ。超世傑よ、いったいこの草原(ミノウル)に俺を容れる(ガヂャル)があるのか?」


 その言葉(ウゲ)で誰もが居住まいを正す。ムジカが答えて言った。


「安堵するがいい。君の行く先はすでに用意してある」


「どこだ、それは?」


 (ニドゥ)を輝かせて尋ねたが答えがない。重ねて問うも笑うばかり。横からアステルノが割って入って言った。


「細かいことを気にするな。我々に(まか)せてお前は飲め、飲め!」


 結局判然とせぬままひと晩飲み明かしたが、くどくどしい話は抜きにして翌朝、ソラはオンヌクドに案内されて発つことになった。好漢たちはさすがに神妙な顔でこれを見送る。ムジカが言った。


「本来なら自ら送りたいのだが、私もアステルノもあまり長く留守にできぬ」


「わかっている。ありがとう(バヤルララ)


 礼を言うと(テルゲン)に乗り込んで(とばり)を固く閉ざす。彗孛(すいはい)は従者が()いていく。


「では赫彗星、参りましょう」


 オンヌクドが車中のソラに声をかけて、一行はその場をあとにした。道中は遮るものとてない果てなき大地(エトゥゲン)を、延々と駆け続ける。夜は営を張って休み、明ければ出立する。

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