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草原演義  作者: 秋田大介
巻六
336/783

第八 四回 ④

喪神(かえ)りてムジカ梁公主の謀を察し

流星散じてソラ紅火将の懐に入る

 こうしてソラは密かにガダラン氏の客人(ヂョチ)となったが、(エグチ)テランの身を案じて鬱々と(セトゲル)の休まる暇もない。そんなある(ウドゥル)、キレカに呼ばれたのでゲルを訪ねると、紅火将軍(アル・ガルチュ)が珍しく青ざめた(ヌル)で言うには、


「良くない報せだ。ジョシの妃妾(エメ)はことごとく処刑された」


「えっ……?」


 あまりの衝撃にソラは言葉(ウゲ)を失う。キレカも眉間に皺を寄せて(ニドゥ)を伏せる。


「……というと、お、俺の姉は……」


「公主を呪いつつ死んだそうだ。(むご)いことだが……」


「何という……」


 ソラはがっくりと崩れ落ちると面を(おお)った。やがてそれは号泣へと変わり、傍ら(デルゲ)のキレカもいたたまれずに(ノロウ)を向ける。


 と、ソラは(にわ)かに立ち上がるや、脱兎のごとく飛び出す。


「どこへ行く!?」


「もはやこれ以上の非道は(ゆる)せん! オルドへ参る」


 キレカはあわててあとを追うと、背後より叫んで、


「待て、徒死(注1)する気か!」


「彼奴らと刺し違えてでも(オソル)を討つ!」


 キレカはさっと跳躍すると、(ビイ)を当ててソラを雪上に組み伏せた。


「放せ! 俺の好きにさせてくれ」


(テリウ)を冷やせ! 姉の無念を晴らそうと言うのなら、匹夫の業に走るな」


 ソラはしばらく暴れていたが、次第におとなしくなる。それでもキレカはこれを押さえつけたまま様子を見ていたが、やがてそっと立ち上がると言った。


「君の心情(ドウラ)も解るが、(アミン)を粗略にするな。死ぬのは容易(アマルハン)だ。しかし君はジョシの流民の命運(ヂヤー)も負っているんだ」


 ソラは(ツァサン)の上に(ハツァル)を埋めたまま再び()きだした。キレカは彼が自ら立ち上がるのを待った。そしてこれを支えて戻ると言うには、


「捜索も厳しくなっている。今日から私のゲルに隠れよ。近いうちに捕吏が来るだろう」


 その言葉のとおり、三日後に一隊の騎兵が現れると、


族長(ノヤン)のキレカ・オトハンはいるか!」


 居丈高に叫ぶ近衛(ケシク)の将の出現に、人衆(ウルス)はあわてて注進に及ぶ。キレカは頷くと、


「来たか。待たせておけ」


 そしてソラに向かって、


「ここにいれば心配ない。私が追い払ってこよう」


 そう言ってすっくと立ち上がる。徒歩で赴き、馬上の将に拱手すると、


「私がキレカ・オトハンです。お勤めご苦労さまです」


 丁重な言葉で迎えるも、まるで眼中にない様子で、


「挨拶はよい。叛賊(ブルガ)赫彗星ソラが来てないか」


「我がアイルには姿(カラア)を現しておりません」


(ウネン)か。ではひとつずつゲルを改めさせてもらおう」


「そこまでするには及びません。私が責任を持って証言いたします」


いや(ブルウ)、労力は惜しまぬ。人衆に命じて協力させよ」


 キレカは気づかれぬよう舌打ちして不承々々頷くと、


「いいでしょう。存分におやりなさい」


「もし叛賊を(かくま)っていたら、お前も同罪だぞ。解っているな」


「無論です。いないものはいないとしか言えない。どうぞお(しら)べください」


 近衛兵がわっと散らばり、片端からゲルへ踏み込む。キレカは方々を回って人衆を(さと)すと、急いで帰って言うには、


「私の言葉だけでは足らず、個別にゲルを回りはじめた。まさかここまでは見ないだろうが……」


 そう言ううちにも表から(ダウン)がして、


「ここも(しら)べさせてもらうぞ!」


 側使い(エムチュ)女官(チェルビ・オキン)たちが瞠目して青ざめる。キレカはあわてて飛び出すと、


無礼(ヨスグイ)な! ここはこの紅火将軍のゲルだぞ」


「関係ない、そこを退()け!」


 さすがのキレカも激して言った。


「何だと? まさかこの私を疑うのか。諸君は私の名を知らぬのか」


「知っているとも。赫彗星と懇意(カラウン)だったこともな!」


 ぐっと(オロウル)を噛むと、これを睨みつけて、


(ノガイ)どもめ、礼を知らぬらしいな。よかろう、しばし待て」


「なぜ待たせる。その間に賊を逃がすのか?」


「勘違いするな。婦人(オキン)が服を着る間ぐらい待てぬのか」


 それを聞いた近衛兵たちは一瞬きょとんとしたあと、どっと(わら)って(はや)し立てる。一人が下卑た笑いを浮かべながら言った。


「へへ、我らが寒風の中、賊を追っているというのに昼間からお楽しみかい」


 キレカは答えずに中に戻ると、


「まもなく奴らが踏み込んでくる」


「どこへ隠れればよいだろう?」


 ソラは困惑してこれを仰ぐ。キレカは少し思案してあることを言ったのであるが、このことから赫彗星は竜のごとく深き水(チェエル・オス)に潜むことになる。


 また宿星(オド)(めぐ)って新たな好漢(エレ)が義を示す次第となるのだが、まさしく非礼の輩に道理(ヨス)は通らず、義士もたちまち好色の名を(こうむ)るといったところ。果たして紅火将軍は何と言ったか。それは次回で。

(注1)【徒死】無駄に死ぬこと。犬死に。

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