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草原演義  作者: 秋田大介
巻六
334/783

第八 四回 ②

喪神(かえ)りてムジカ梁公主の謀を察し

流星散じてソラ紅火将の懐に入る

 チンラウトは内廷を統べる宦官の長である。これに意を含めて早速テランの房に踏み込ませる。


 テラン・ゴアは突然の宦官どもの闖入にわけがわからず猛然と抗議したが、彼らはかまわず寝台(オル)やら家具やらをひっくり返し、ついにはその床を掘りはじめる。


 そこから呪器の類が発見されるに及んでテラン・ゴアの混乱は極に達する。チンラウトは呪器を手に罵って言った。


「ハーンを呪詛(ハラアル)するとは大罪じゃ!」


 もちろんこれも梁公主の奸計、まったく覚えのない物証を突きつけられて、テランはおおいに驚く。


「私は知りませぬ! 何かの間違いです。そのようなもの、見たこともありません!」


(クダル)()くな! 言い逃れはできぬぞ」


 チンラウトはすぐに戻って報告する。


「おのれジョシめ、姉弟揃って異心(オエレ)を抱くとは畏れを知らぬものどもだ。オルドに在るかの忌まわしき(イルゲン)をすべて捕縛(バアリ)せよ!」


 たちまち捕吏が差し向けられてテラン・ゴアをはじめことごとく捕らえられる。泣き叫んで冤罪を訴えたが、もとより周囲はみな公主の息がかかっている。容赦なく引き摺りだして檻車に押し込む。


 トオレベ・ウルチは(ようや)く安堵したが、怒り(アウルラアス)はいまだ治まらない。(ホムス)を噛みながら言うには、


「公主の慧眼に助けられたわ。あとはあの小僧(ニルカ)だ。どうしてくれよう」


「そこまでは私も判りかねます。知恵者(セチェン)がいるではありませんか」


 (ニドゥ)で示したのは、四頭豹ドルベン・トルゲ。ハーンはおおいに喜んで、


「公主の助言は(たが)うことがない。四頭豹、策を出せ」


 応じて進み出ると、


「ジョシ氏は西方の大族、加えて赫彗星は尋常の才略(アルガ)の主ではありません。(サルヒ)のごとくこれを襲い、(ガル)のごとくこれを滅ぼさねばなりません。一将を派してその留守陣(アウルグ)を収めるとともに、亜喪神に兵を授けてかの賊軍(ブルガ)の帰路を討たしめるのがよろしいでしょう。賊をオルドへ近づけてはなりません」


 この答えにおおいに満足すると即座に勅命(ヂャルリク)を下して、


「ダサンエン、卿は軍を率いて賊のアイルを襲え」


 拱手して拝命したのは七卿の一人ダサンエン。答えて言った。


承知(ヂェー)。では三軍の一、緑軍(ノゴーン)を率いて直ちに参ります」


 彼の云う「三軍」とは軍制の称である。ヤクマン部の中でも特に強大なヤクマン氏は、その軍をみっつ(ゴルバン)に分け、(トグ)の色をもって呼び分けている。すなわち白軍(ツェゲン)・緑軍・赤軍(フラアン)である。それはさておき、トオレベ・ウルチは次に命じて、


「亜喪神はコルスムスとともにわしの侍衛軍(トゥルガグ)を率いて賊を討て」


承知(ヂェー)


 ムカリと、やはり七卿の一人であるコルスムスがともに答える。コルスムスは武芸全般に秀でた侍衛軍の帥将である。侍衛軍は全氏族(オノル)から集めた子弟を訓練した、軍の中核(ヂュルケン)となる強兵(ヂオルキメス)である。


 かくして二手の軍勢はその(ウドゥル)のうちに軍備を整えて、翌日には出立した。




 さて超世傑ムジカは、そもそもソラの出兵に疑いを抱いていたので、密偵を放って内情(アブリ)を探っていた。するとこれらの凶報を得たので、あわててオンヌクドらを差し向けたという次第。


 聞き終えたソラは激昂(デクデグセン)した。


「そんな道理(ヨス)に合わぬ話があるか! 軍を(あや)うきに(おとしい)れ、大事を誤ったのは彼奴らだぞ! だいたい我が(エグチ)が呪詛だと? ふざけるのもほどほどにしろ!」


 オンヌクドは沈痛な面持ちでなおも説いて、


「ですから最初から公主と四頭豹の罠だったのです。()()と戦わせて赤流星を疲弊(ハウタル)せしめたあと、賊の汚名を着せてこれを討つ算段だったのでしょう。亜喪神らは使い走りに過ぎません。同時にテラン様も陥れられたのです」


「かかる非道が横行してよいものか! 戻って奸臣を斬り、ハーンに釈明しよう。彼奴らの舌先三寸で逃げだすなどそんな話はない!」


 (テリウ)を抱えて(わめ)き散らす。オンヌクドが言いにくそうに、


「ただ彼奴ら二人の讒言(アダルガン)なら(くつがえ)せましょう。しかし公主が謀議の首魁ではどうにもなりませぬ。テラン様の房より出たという呪器も、奸策と実証することは不可能です。いくら将軍が潔白とはいえ、まさか公主を斬るわけにもいきますまい」


「毒婦が!」


 ソラは吐き捨てる。マクベンが進み出て、


「さあ、紅火将軍(アル・ガルチュ)のアイルへ参りましょう」


 そう迫れば、ひとつ息を吐いて言った。


「独り俺の身を護るは易い。しかしそれではジョシの人衆(ウルス)はどうなる。ここにある将兵はどこへ逃れればよいのだ?」


 これには三人も返答に詰まる。


「聞けばすでに緑軍が留守陣へ向かったとか。家族(ゲルブル)財産(エド)を失って、天地に行くところもない彼らはどうする?」


 やはり答えられずにいると、後ろに控えていた諸将が歩み出て口々に言うには、


「我らにはかまわず逃げてください。将軍さえ健在であれば、またともに戦う(アヤラクイ)ことができましょう」


「この広い草原(ミノウル)です、何処かに安住の(ガヂャル)もあるでしょう。心配は無用です」


「奸臣の狙いは将軍の(アミン)です。お逃げください! 生きて(オスチュ)いれば必ず再会できましょう」


 ソラは滂沱(ぼうだ)と涙を流して、


「俺のような暗愚な(エルキム)を、まだ見捨てずにいてくれるか……」


 あとは言葉にならない。アルチンがそっと言うには、


「将軍、酷なことを言うようですが、一刻の猶予もなりません」


「解っている。ではここで赤流星は、一旦解散する」

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