第八 四回 ①
喪神還りてムジカ梁公主の謀を察し
流星散じてソラ紅火将の懐に入る
さて赫彗星ソラは、亜喪神ムカリの主張を通してこれを先鋒とした。しかしそのおかげでまたも敗走の憂き目を見ることになってしまった。
ソラは再び自ら殿軍となり、盤天竜ハレルヤと対峙した。そこでムカリの起用を揶揄されたので、かっとなって得意の礫を投げつけたがまるで通用しない。将兵はおおいに動揺し、ソラ自身も我を失って一斉に背を向ける。
魔軍はその名のとおり、悪鬼のごとくこれを猛追する。ジョシ軍はたちまち数を減じて、ソラも己の身を護るのがやっとの有様。
およそ二十余里も駆け続けて漸く逃れる。敗残の兵を掻き集めてみれば、十中の三を失っていた。残余のものも多くは傷つき、戦闘に堪えられるものは五割に満たない。慨嘆して言うには、
「豎子のせいでとんだ恥を搔いた。今度会ったらただではおかぬぞ」
そうしてさらに十里退いて営したが、亜喪神は一向に戻らない。そればかりか軍監の小スイシの姿も見えない。ソラは苛立って、
「軍務を離れて遁走するとは何としたことだ。このままではハーンに合わせる顔もない。どうすればよかろう」
諸将は俯いて恐縮するばかり、良い智恵も浮かばない。ソラはますます焦燥に駆られる。やむなくその日はそこで夜営する。夜が明けて決断して言うには、
「ことここに至ったからには、還って聖断を仰ぐほかない」
将兵は互いに助け合って北上した。重傷を負ったものは車に乗せてみなで曳き、よく動くものは四方に斥候となって不慮の事態に備える。行軍は遅々として捗らず、重苦しい空気に覆われる。
そうして三日が経った。斥候の一人が戻って言うには、
「族長、ジョナン氏のムジカ様から使いが参っております」
連れてきたのを見れば、何と奔雷矩オンヌクド、皁矮虎マクベン、笑小鬼アルチンの三人の好漢。ソラは愁眉を開いて三人を招き寄せる。ひととおり再会を喜び合ったあとで尋ねて言うには、
「超世傑の使いだそうだが、いかなる用か」
するとオンヌクドが沈鬱な表情で、
「悪い報せです。オルドへ戻ってはなりません」
「何だと!」
かっとして睨みつければ、悲しみの色を浮かべて、
「将軍は梁公主と奸臣どもに陥れられたのです。戻れば必ず命を失いましょう。どうか道を更えて紅火将軍を恃まれますよう」
そう言われても理由に思い当たらず呆然として、
「どういうわけか。詳しく話せ」
問われて語ったのは何とも理不尽な話。
命からがら戦場を離脱したムカリは、小スイシを連れて脇目も振らずにオルドへ帰った。そして己の失態には触れずに讒言して、
「赫彗星は初めから戦意に乏しく、初日の戦では兵が交わるやすぐさま遁走しました。その命令は支離滅裂で理に合わず、いたずらに兵を損ねた上に、敗戦の責任を諸将に転嫁する有様。まことに一軍の将として適任ではなく、処断するべきかと存じます」
小スイシも声を併せて、
「緒戦では瞬く間に潰走しましたが、不可解なことにあの猛勇を誇る魔軍が追撃を中途で打ちきり、我らを見逃しました。もしや赫彗星は敵の大将と意を通じていたのではないかと疑われます」
これを聞いたトオレベ・ウルチは俄かに怒りだすと、
「あの赤髪の小僧め! このわしを愚弄するか!」
さらにムカリ、小スイシは言葉を尽くしてソラを弾劾する。トオレベ・ウルチの怒りが頂点に達したところで、傍らの梁公主が甘い声で言った。
「先に私が申し上げたではありませんか。あの男は心に剣を蔵していたのです。早急に討伐せねば、必ず禍根となりましょう。……それと、今まで恐ろしくて申し上げられませんでしたが……」
急に言い淀む。ハーンが先を促せば、さも言いにくそうに、
「実は赫彗星の姉、テラン様が恐ろしい陰謀を……」
「何だ、疾く申せ」
公主の顔は青ざめ、膝の上で拳を細かく震わせながら言った。
「テラン様は大ハーンを、……呪詛しています」
トオレベ・ウルチはおおいに驚くと、烈火のごとく怒って叫んだ。
「真か!」
「遺憾ながら疑うべくもない証拠がございます。テラン様の侍女が良心の呵責に堪えかねて申し出たのです。テラン様の房室を探れば、恐ろしい呪器が見つかるはずです」
「何ということだ!」
ハーンは息を荒くして慨嘆すると、七卿の一人チンラウトを急ぎ召した。