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草原演義  作者: 秋田大介
巻六
332/783

第八 三回 ④

ダルシェ赤流星を撃ちて喪神を(わら)

ハレルヤ赫彗星と語らい飛礫(ひれき)を誘う

 ハレルヤは汗ひとつ掻いておらず、ムカリの醜態に大笑い。近づいた黒鉄(ハラ・テムル・)(ウヘル)に言うには、


(ソオル)を知らぬ小僧(ニルカ)のおかげで今日も楽に勝てそうだ」


 その言葉(ウゲ)(たが)うことなく、ダルシェの精鋭は布陣(バイダル)の乱れたジョシ軍をおおいに撃ち破って、追撃に移っていた。


 またもソラは為す術もなく撤退せざるをえない。それもハレルヤの機を(とら)えた攻撃が奏功したからであるが、(カラ)を待たずに飛び出したムカリの軽率が大勢を決したと言えよう。


 結果を見れば、二日に(わた)って()()が赤流星を一蹴したことになる。


 恐るべきは盤天竜の驍勇、かのウリャンハタの好漢(エレ)たちが手を焼いた亜喪神をまるで赤子(チャガ)(ガル)を捻るようにあしらうあたり、さすがは草原(ミノウル)最強を誇るダルシェの大将といったところ。


 ムカリは震える膝をもどかしく感じながら、戦場を這いずり回っていた。赤い鎧を(まと)った味方を見つけたので、これを怒鳴りつけて言うには、


(アクタ)を寄越せ!」


 当然ながら断られる。するとムカリはおおいに怒って躍りかかるや、鞍上から兵を突き落として馬を奪った。あまりのことに兵はわあわあと(わめ)いて抗議したが、ムカリは(シルスン)を吐きかけて馬腹を蹴る。


 一目散に逃走(オロア)して、途中撤退を指揮するソラを見かけたがそれも無視して、ただ己の身を保つことに専心した。


 ソラは二度の失態に気も狂わんばかりだったが、被害を最小限に止めるべくまたも殿軍となった。その雄姿を認めて、さしもの魔軍も慎重になる。そこへハレルヤがやってきた。将兵が口々に告げて言うには、


「あれです! あれが例の(つぶて)を投げる将です!」


「ほう、なるほど。たしかに尋常のもの(ドゥリ・イン・クウン)ではないな……」


 無造作に馬を進めて、ソラと対峙する。黒鉄牛がその(ノロウ)に向かって、


「礫にお気をつけください!」


 (ダウン)をかけたが、意に介する風でもない。大刀もだらりと下げたままで、どんどん間合いを詰める。ソラは内心おおいに怒ると、嚢中に右手を忍ばせて機を計った。と、突然ハレルヤは歩を止めて言った。


礫公(れきこう)に尋ねたいことがある」


 ソラはおおいに驚いたが、威儀を繕うと答えて、


「俺は赫彗星カンシジ・ソラ。礫公などと呼ぶな」


「赫彗星か、なるほど」


 にやにやしながら頷く様子に苛立ったソラは、


「お前は何ものだ! 人にものを尋ねる前にまず名乗れ!」


「ふふふ、失礼。俺はダルシェの大将、盤天竜ハレルヤ」


 その名を聞いたソラは、これがまさしくムジカの言っていた猛将(バアトル)かと改めてその偉容を注視する。ハレルヤはおもむろに(アマン)を開くと、


「さあ、名乗ったからには答えてもらうぞ。赫彗星の兵はすべて(フラアン)で統一されているようだが、なぜその中に異物が雑じっている」


「くっ!」


 面と向かって痛いところを指摘されて、思わず言葉に詰まる。


「それも昨日は左翼(ヂェウン・ガル)、今日は先鋒(ウトゥラヂュ)と要所に配するとはいかなる道理(ヨス)か」


 これにも答えられず、みるみる(ヌル)を朱に染める。


「次からはかの雑軍を除くことを勧めておく。さもなくんば戦にならぬ」


 ソラは恥辱に堪えがたくわなわなと身を震わせると、いきなりさっと右手を振るって礫を発した。


 が、次の瞬間、ソラは我が(ニドゥ)を疑った。ハレルヤは俄かに大刀を掲げて、軽く礫を(はじ)き落としたのである。かん、と乾いた音が響いただけで、その巨躯は何ごともなかったかのように佇立している。


「な、何だと? 俺の礫を落とすとは……。まぐれに決まっている」


 ソラは激しく動揺し、ハレルヤは悠然と笑みを浮かべる。かっとしたソラは目にも留まらぬ早業で次の礫を飛ばした。


 が、これも易々と叩き落とされる。ソラは目瞬き(ヒルメス)忘れて(ウマルタヂュ)呆然とする。これまで礫を逃れたものはなかったので、その衝撃たるや計り知れない。従う将兵も目の前で起こった奇跡に息を呑む。


 逆にダルシェ軍からはどっと歓声が巻き起こり、盤天竜の神業を讃えた。ハレルヤはさらに二、三歩馬を進ませると言った。


「赫彗星か。なるほど、おもしろい芸を見せてもらった」


「何っ? 芸だと!」


 (テリウ)の中が怒り(アウルラアス)のあまり真白になって、嚢中より幾つも礫を取り出すと、


「ならばこれが避けられるか!」


 叫ぶや否や、次々と礫を飛ばす。それぞれ(たが)わず急所を襲う必殺の一撃。ところが、かかかん、と空しい音が連なり、ことごとく(コセル)に落ちる。ハレルヤは嬉しそうに言った。


「ははは。狙いは正確だが、やはり芸に過ぎぬ」


 呵々大笑すれば、ダルシェの将兵もわっと(はや)し立てる。ジョシ軍はどっと浮足立って、我先に背を向ける。


「さあ、お遊びはここまでだ。追え!」


 号令一下、魔軍は咆哮を挙げて襲いかかる。ソラも今はこれまでとばかりに馬首を転じる。胸中には恥辱と憤怒が(クイラン)を巻き、混乱のあまり兵を統率することもかなわない有様。


 まさしく天与(オナガン)異能(エルデム)も真の天将には及ばず、流星散じて雪原に堕つといったところ。そもそも軍に(エイエ)を欠けば勝を制しがたく、加えて魔軍に盤天竜があっては、古詩に謂う「邂逅を悔ゆ」の言葉どおり。


 果たして赫彗星は首尾よくダルシェの猛追を逃れうるか。それは次回で。

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