第八 三回 ③
ダルシェ赤流星を撃ちて喪神を嗤い
ハレルヤ赫彗星と語らい飛礫を誘う
ソラはかまうことなく言った。
「使えぬから使えぬと言ったまでだ。おとなしく従え」
「飛猴だか匪侯(盗賊の意)だか知らねぇが偉そうにしやがって。俺はお前の部将でも何でもない。助力してやっているのだぞ。だいたいハーンの兵を役立たず呼ばわりするとは何て不遜な」
捲し立てれば、ソラも応じて、
「役に立たないのはお前だ、ハーンは関係ない」
「俺が今日はたらけなかったのはお前に用兵の才がないからだ。しかと任を与えられれば応えてやるものを」
「何だと、小僧! 減らず口を叩くな!」
ソラは怒りのあまり握り締めた拳に血が滲むほどだったが、ムカリは挑みかかるような表情で言った。
「先鋒にしろ。そうすれば魔軍を蹴散らしてやろうぞ」
「ならん、俺が先駆ける。虚言を言うな」
「そうやって功は己に帰し、罪は人に負わせるのがお前の流儀か」
このひと言でソラの忍耐は限界に達した。俄かに腰の剣に手をかけると、
「もはや恕せぬ! 軍法を犯した罪で斬る!」
「やれるものならやってみろ!」
ムカリも応じて身構える。諸将はおろおろするばかりで為す術も知らぬ有様。そこに小スイシが進み出ると、
「まあまあ、両将とも矛を収めよ。赫将軍が苛立つのも解るが、亜喪神の意気を高く買ってやればよいではないか。次の出陣ではこれを先鋒といたせ」
ソラはものすごい顔で睨みつけると、
「軍監殿、策戦には口を出さぬよう言ったはずですが」
「しかし将軍は冷静さを欠いている。ハーンに任命された軍監として黙っていられぬ。よいではないか。ムカリは武勇に秀でており、そもそも人の後ろに在るものではない。ならばこれを先頭に押し立てて敵陣に突入せしめるは理に適っておろう」
みなことのなりゆきをはらはらしながら見守っていたが、やがてソラは大きく息を吐いて言った。
「よろしい。亜喪神にもう一度だけ機会を与えよう」
ムカリはひひっと笑うと、呟いて言うには、
「最初からそう言えばいいんだ」
ソラはまた怒鳴りつけそうになったが何とか堪えると、諸将を追い払った。みな互いに顔を見合わせながら恐る恐る退出する。独りムカリだけが傲然と胸を反らして出ていったが、くどくどしい話は抜きにする。
明けて翌日、ジョシ軍は再び陣容を整えて出立したが、先頭を行くムカリ一党のほかはどこか釈然としない表情であった。大将であるソラ自身が黙々と鬱いでいたので、自然と意気が揚がらない。
ダルシェも兵を繰り出して平原に布陣した。ハレルヤは望見して言うには、
「ふうむ、礫公も思ったほどではないな。雑軍を捨てる気がないらしい」
赤流星が展開しはじめると、その布陣を待たずに突撃の命を下す。金鼓が鳴り終わる前に、早くもハレルヤは大刀を手に飛び出していく。
ムカリはそれを見て、
「あの巨躯の将こそ敵の一番の猛将、戦わぬ手はない」
そう言うや得物を振り翳して、合図の前に駆けだす。中軍のソラはそれを知って舌打ちしたがすでに遅く、ムカリ率いる百騎が突出する形となった。
ハレルヤは笑みを浮かべると、
「またあの愚将が勝敗を決してくれたぞ」
百騎に魔軍がどっと群がる。もとより敵すべくもなく蜘蛛の子を散らすように陣が乱れる。ムカリだけは意に介することもなく、ただ独り駆け回って得物を振るう。ハレルヤの姿を見つけると叫んで、
「我こそは亜喪神ムカリ、勝負しろ!」
「ふふふ、おもしろい」
馬首を廻らせて向き直る。かたや刃渡り三尺の大刀を操り、かたや父親譲りの戦斧を翳し、一個は盤天竜の勇名を冠し、一個は亜喪神の異名を掲げるいずれ劣らぬ猛将。
ムカリが裂帛の気合いを込めて打ちかかれば、ハレルヤは余裕たっぷりにこれを弾く。があんと鈍い音がして両将は擦れ違う。
馬を寄せて再び打てば、やはり軽々と躱される。ムカリは怒り心頭に発し、躍起になって戦斧を繰り出したが、いかなる奥義も易々と捌かれる。
「小僧、強力だけでは人は斬れぬぞ」
ハレルヤは笑ったままこれをあしらい続ける。漸くムカリに疲れが見えると、初めて攻撃の構えをとって、
「顔を洗って出直してこい!」
言うや否や、手にした大刀がひょうと空を裂く。がんと音がしたかと思えば、すでにムカリの手から得物は消えている。あっと驚く間もなく、大刀はさながら竜のごとく翻った。
「あわわっ!」
ムカリは瞬時に青ざめて、思わず目をつぶる。骨が断たれる不快な音が響きわたる。
が、恐る恐る目を開くと、自身はまったく無傷のまま。混乱して目を白黒させていると、ぐらりと平衡を失って地に落ちた。なおもわけがわからずにいると、ハレルヤが笑って言った。
「敵の前で目を閉じる奴があるか。命までは取らぬ。疾く去れ」
はっと気づいて見れば、ムカリの乗馬は頭を失って倒れ伏している。そもそも首のあった箇所からは、あとからあとから押し出されるように血が溢れてくる。
それでやっと地に落ちた理由に思い至って、わっと叫んであたふたと逃げだす。それはまるで足が二本しかないのが悔やまれるといった有様。