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草原演義  作者: 秋田大介
巻六
331/783

第八 三回 ③

ダルシェ赤流星を撃ちて喪神を(わら)

ハレルヤ赫彗星と語らい飛礫(ひれき)を誘う

 ソラはかまうことなく言った。


「使えぬから使えぬと言ったまでだ。おとなしく従え」


「飛猴だか匪侯(盗賊の意)だか知らねぇが偉そうにしやがって。俺はお前の部将でも何でもない。助力(トゥサ)してやっているのだぞ。だいたいハーンの兵を役立たず(アルビン)呼ばわりするとは何て不遜な」


 (まく)し立てれば、ソラも応じて、


「役に立たないのはお前だ、ハーンは関係ない」


「俺が今日はたらけなかったのはお前に用兵の(アルガ)がないからだ。しかと任を与えられれば応えてやるものを」


「何だと、小僧(ニルカ)! 減らず口を叩くな!」


 ソラは怒り(アウルラアス)のあまり握り締めた拳に(ツォサン)(にじ)むほどだったが、ムカリは挑みかかるような表情で言った。


先鋒(ウトゥラヂュ)にしろ。そうすれば()()を蹴散らしてやろうぞ」


「ならん、俺が先駆ける。虚言(クダル)を言うな」


「そうやって功は己に帰し、罪は人に負わせるのがお前の流儀か」


 このひと言でソラの忍耐は限界に達した。俄かに腰の(ウルドゥ)(ガル)をかけると、


「もはや(ゆる)せぬ! 軍法(ヂャサ)を犯した罪で斬る!」


「やれるものならやってみろ!」


 ムカリも応じて身構える。諸将はおろおろするばかりで為す術も知らぬ有様。そこに小スイシが進み出ると、


「まあまあ、両将とも矛を収めよ。赫将軍が苛立つのも解るが、亜喪神の意気を高く買ってやればよいではないか。次の出陣ではこれを先鋒といたせ」


 ソラはものすごい(ヌル)で睨みつけると、


「軍監殿、策戦には(アマン)を出さぬよう言ったはずですが」


「しかし将軍は冷静さを欠いている。ハーンに任命された軍監として黙っていられぬ。よいではないか。ムカリは武勇に秀でており、そもそも人の後ろに在るものではない。ならばこれを先頭に押し立てて敵陣(ブルガ)に突入せしめるは(ヨス)(かな)っておろう」


 みなことのなりゆきをはらはらしながら見守っていたが、やがてソラは大きく息を吐いて言った。


「よろしい。亜喪神にもう一度だけ機会(チャク)を与えよう」


 ムカリはひひっと笑うと、呟いて言うには、


「最初からそう言えばいいんだ」


 ソラはまた怒鳴りつけそうになったが何とか(こら)えると、諸将を追い払った。みな互いに顔を見合わせながら恐る恐る退出する。独りムカリだけが傲然と(チェエヂ)を反らして出ていったが、くどくどしい話は抜きにする。




 明けて翌日、ジョシ軍は再び陣容を整えて出立したが、先頭を行くムカリ一党のほかはどこか釈然としない表情であった。大将であるソラ自身が黙々と(ふさ)いでいたので、自然と意気が揚がらない。


 ダルシェも兵を繰り出して平原(タル・ノタグ)に布陣した。ハレルヤは望見して言うには、


「ふうむ、礫公(れきこう)も思ったほどではないな。雑軍を捨てる気がないらしい」


 赤流星が展開しはじめると、その布陣を待たずに突撃の(カラ)を下す。金鼓が鳴り終わる前に、早くもハレルヤは大刀を手に飛び出していく。


 ムカリはそれを見て、


「あの巨躯の将こそ敵の一番の猛将(バアトル)、戦わぬ手はない」


 そう言うや得物を振り(かざ)して、合図の前に駆けだす。中軍(ゴル)のソラはそれを知って舌打ちしたがすでに遅く、ムカリ率いる百騎(ヂャウン)が突出する形となった。


 ハレルヤは笑みを浮かべると、


「またあの愚将が勝敗を決してくれたぞ」


 百騎に魔軍がどっと群がる。もとより敵すべくもなく蜘蛛の子を散らすように(デム)が乱れる。ムカリだけは意に介することもなく、ただ独り駆け回って得物を振るう。ハレルヤの姿(カラア)を見つけると叫んで、


「我こそは亜喪神ムカリ、勝負しろ(ウクルドゥイエー)!」


「ふふふ、おもしろい(ソニルホルトイ)


 馬首を(めぐ)らせて向き直る。かたや刃渡り三尺の大刀を操り、かたや父親(エチゲ)譲りの戦斧を(かざ)し、一個は盤天竜の勇名を冠し、一個は亜喪神の異名を掲げるいずれ劣らぬ猛将。


 ムカリが裂帛の気合いを込めて打ちかかれば、ハレルヤは余裕たっぷりにこれを(はじ)く。があんと鈍い音がして両将は擦れ違う。


 (アクタ)を寄せて再び打てば、やはり軽々と(かわ)される。ムカリは怒り心頭に発し、躍起になって戦斧を繰り出したが、いかなる奥義も易々と(さば)かれる。


「小僧、強力(クチュトゥ)だけでは人は斬れぬぞ」


 ハレルヤは笑ったままこれをあしらい続ける。(ようや)くムカリに疲れが見えると、初めて攻撃の構えをとって、


「顔を洗って出直してこい!」


 言うや否や、手にした大刀がひょうと空を裂く。がんと音がしたかと思えば、すでにムカリの手から得物は消えている。あっと驚く間もなく、大刀はさながら竜のごとく(ひるがえ)った。


「あわわっ!」


 ムカリは瞬時(トゥルバス)に青ざめて、思わず(ニドゥ)をつぶる。(ヤス)が断たれる不快な音が響きわたる。


 が、恐る恐る目を開くと、自身はまったく無傷のまま。混乱して目を白黒させていると、ぐらりと平衡を失って(コセル)に落ちた。なおもわけがわからずにいると、ハレルヤが笑って言った。


「敵の前で目を閉じる奴があるか。(アミン)までは取らぬ。疾く去れ」


 はっと気づいて見れば、ムカリの乗馬は(テリウ)を失って倒れ伏している。そもそも首のあった箇所からは、あとからあとから押し出されるように(ツォサン)が溢れてくる。


 それでやっと地に落ちた理由に思い至って、わっと叫んであたふたと逃げだす。それはまるで(フル)が二本しかないのが悔やまれるといった有様。

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