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草原演義  作者: 秋田大介
巻六
330/783

第八 三回 ②

ダルシェ赤流星を撃ちて喪神を(わら)

ハレルヤ赫彗星と語らい飛礫(ひれき)を誘う

 ムカリの潰走(オロア)はそのまま左翼(ヂェウン・ガル)全体に波及して、やがて全軍を混乱に(おとしい)れた。脆くなった箇所に(きり)のごとくダルシェの強兵(ヂオルキメス)が突き入る。


「止まれ! 戦列(ヂェルゲ)を立て直せ!」


 ソラは(ダウン)を限りに叫んで、旗幟(トグ)で指示を送ったが見る余裕もあらばこそ、ジョシ氏の誇る赤流星はすっかり恐慌に(おちい)った。ソラはムカリのふがいなさに歯軋(はぎし)りしたが、事態はすでに収拾しがたく、開戦から半刻を待たずして撤退を命じた。


 ダルシェの猛追はかつて経験のないほど厳しく、ジョシ軍は散々に痛めつけられた。完全(ブドゥン)な敗北である。当のムカリは誰よりも早く戦場から離脱(アンギダ)していた。


 ソラは恥辱と憤怒(アウルラアス)に身を震わせながら最後まで残り、自ら殿軍を務めた。直属の百騎(ヂャウン)と退路を確保したソラは、追撃してくる敵騎と相対した。


(つぶて)を喰らうがいい」


 呟いて、腰に下げた(ふくろ)の中をまさぐる。敵騎が続々と詰めかける。十分に近づいたのを見て右手をさっと一閃すれば、狙いを外すことなく先頭の(マグナイ)に命中する。敵騎はもんどりうって落馬し、味方(イル)からは大歓声。


 無論、そんなことで怯む()()ではない。倒れ伏した兵を飛び越えて次なる猛者が迫る。またソラの(ガル)が動けば、これもあっと悲鳴を挙げて倒れる。そうして次々と敵騎を打ち倒したところ、(ようや)く魔軍にも動揺が広がる。


 ソラはずいと押しだして敵を睥睨すると、


「大将に伝えろ。次はお前の額に礫を撃ちこんでやるとな!」


 そしておもむろに(アクタ)を返して退却に移る。ダルシェは警戒して誰も追おうとしなかったので、悠々と引き揚げることができた。


 ハレルヤは戦局が定まると、追撃は人に(まか)せて馬を休めていた。報告によってソラの礫の威力を聞き知ると、


「ほう、それは異能(エルデム)ではないか。よし、必ず自ら確かめてやろう」


 とだけ言って、敵将を逃したことを責めなかった。黒鉄牛(ハラ・テムル・ウヘル)を顧みると、


「礫を投げる将というのを聞いたことがあるか?」


 ぶるぶると首を振ったので、笑いながら、


「そうだろう。俺もない。次に会うのが楽しみだ」


 ハレルヤは矛を収めて退却を命じた。かつてはダルシェの追撃と云えば、どこまでも追って(トイ)を整える暇も与えないのが常であったが、彼が大将になってからはしばしば手を(ゆる)めることがあった。そこで誰も異を唱えることなく、歓声を挙げて帰陣する。


 黒鉄牛は感嘆の眼差しで仰ぎ見ると言った。


「まさしく将軍が言ったとおりの(ソオル)でしたな」


 上機嫌で答えて言うには、


「少し兵法を(かじ)ったものなら誰でも判ることだ。それにしても敵の主将は凡将というわけでもないのに、なぜあんな雑軍を加えているのか理解に苦しむ」


いや(ブルウ)、将軍の足許(あしもと)にも及ばぬ凡将ゆえ、気づかなかったでしょう」


 ハレルヤは振り返ると、険しい表情で言った。


「追従を言うな。赤流星の統制ぶり、礫の異能を見ても、決して凡将ではない」


 黒鉄牛は思わず首を(すく)める。それを見てまた笑顔に戻ると、


「今日の敗因も悟っているだろう。次が楽しみだ。まあ、何度来ようと同じことだがな」


 ダルシェ軍は意気揚々と凱旋したが、この話はここまでにする。




 ジョシ軍はおよそ四十里も敗走してやっと止まった。次第に敗残の兵が集まる。あとから追いついたソラが点検したところ、一割近くが戻っていなかった。


 舌打ちして事後策を講じていると、臆面もなくムカリが姿(カラア)を見せた。ソラは沸々と怒り(アウルラアス)が沸きあがるのを感じたが、努めて冷静に言うには、


「亜喪神よ、次は後方で待機していてもらおうか」


 すると薄ら笑いを浮かべて、


「それはひどい。こんな寒い中、何のためにやってきたと思っている」


 この返答にソラは感情(ドウラ)を爆発させた。


「ならばなぜ真っ先に退いた! お前のせいで戦にならなかったのだぞ!」


 ムカリも(ヌル)をみるみる赤黒く染めて言い返す。


「何だと! 自軍の脆弱を顧みず、敗北をすべて俺のせいにするのか!」


 たちまち緊張が走ったが、そこに軍監の小スイシが現れて、


「待たれよ。勝敗は兵家の常、言い争っても始まらぬ。ハーンの信任に(そむ)かぬよう考慮するがいい」


 ソラは心中穏やかではなかったが、争い合う(ブルガルドゥクイ)害を考えて己を抑えると、(コセル)(シルスン)を吐いて立ち去った。


 夕刻(ヂルダ)、ソラは軍議を開いた。もちろんムカリと小スイシの姿も見える。


「今日は不覚をとったが、明日は俺が自ら先陣に立って報復しよう」


 諸将は魔軍の豪勇(カタンギン)を想起しておおいに不安に駆られていたが、それを察して言うには、


「心配するな。俺の礫をもってすれば恐れるに足らぬ。事実、奴らが追撃を諦めたのはそのためだ。諸将は安心して俺に続け」


 (ようや)くみなの顔に安堵の色が浮かぶ。ソラはムカリを顧みると、不快を押し殺しながら言った。


「亜喪神はやはり後方にいてもらおう。軍監殿の護衛を命ずる」


 誰もが良策だと思ったが、何とムカリは色を成して、


「先にも言ったが、それでは何のために来たかわからぬ」


 ソラはその鋭い目(クルチア・ニドゥ)で睨みつけると、


「はっきり言おう。初めはお前の武勇を(たの)みにしていたが、今日の戦を見て判った。お前は統制を乱すばかりで使いものにならぬ。黙って待機していろ」


「何だと!?」


 今にも(つか)みかからんばかりの勢いで一歩踏み出す。みな途端に青ざめる。

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