第八 三回 ①
ダルシェ赤流星を撃ちて喪神を嗤い
ハレルヤ赫彗星と語らい飛礫を誘う
さて赫彗星カンシジ・ソラは、梁公主の策謀によりダナ・ガヂャル攻略を命じられた。逡巡していたところに四頭豹ドルベン・トルゲが甘言を弄したため、神風将軍アステルノの反対も押しきって出陣を決した。
四頭豹から借り受けた亜喪神ムカリの狼藉は甚だしく、軍監小スイシの掣肘にも悩まされたが、ソラ率いる赤流星は気概に燃えて進軍した。
一方のダルシェも盤天竜ハレルヤに命じて全軍を送り出した。黒鉄牛の掲げる大将旗を押し立てて、堂々と平原に布陣する。
ソラはうるさい小スイシを退けたあと、盛んに斥候を放って敵情を探った。その慎重な様子は、さながら薄氷を踏むがごとくであった。
今までは己の才略を恃んで雷霆のごとく攻めかかるのが常であったが、さすがに相手が魔軍となると事情が異なる。これを見て諸将は改めて気を引き締める。敵の布陣が判ると、思わずううむと唸って言った。
「敵は広く展開している。絶対敗れぬ自信があるらしい」
諸将は憤然として口々に叫んだ。
「ならばその自信を打ち砕いてやりましょう!」
ソラは莞爾と笑うと、両の掌をぱちんと合わせて、
「よし! 赤流星の威力を知らしめてやれ」
諸将は一斉におうと応える。令は下り、一兵卒まで勇躍したジョシ軍は、再び進撃を開始する。それはまさしく流星の群れを成して飛ぶがごとくであった。
雪を蹴散らして、たちまちダルシェの眼前に躍り出ると、ついに両軍は対峙した。ソラは敵陣を望見して一部の隙もないことにおおいに感心すると、
「まるで鬼神の群れだな」
そう呟いて不敵に笑う。対するハレルヤも赤流星の威容に接して言うには、
「まさに名は虚しくは伝わらぬものだな。炎のごとき戦意を感じるぞ」
傍らの黒鉄牛は不安そうにこれを仰ぎ見る。ハレルヤは豪快に笑うと、
「臆したか。お前には流星の綻びが見えないのか」
黒鉄牛は目を円くして首を振る。ハレルヤは手にした大刀で指し示して、
「中に異物が雑じっているではないか。なぜそんなことになっているのか知らぬが、あの部隊だけ規律がなく、戦意も乏しい。あれを衝けば流星は瞬く間に四散しよう」
「はぁ……」
「ふふふ、実際に見せてやろう。しっかりと旗を持ってあとに続け」
ハレルヤは目を嗔らせると、大刀を掲げて叫んだ。
「ダルシェの戦闘を見せてやれ。狙うは最左翼にある雑軍のみ!」
盛んに金鼓が打ち鳴らされ、全軍どっと喊声を挙げて馬腹を蹴る。先頭をハレルヤの巨躯が駆ける。刃渡り三尺の大刀は陽を浴びて煌めき、漆黒の大馬は真白な息を吐いて雪を蹴る。
ソラは魔軍がいきなり突撃に転じたことにも動じる気配すら見せず、
「ふん、蛮族どもめ。赤流星を侮ったな」
合図とともに金鼓が轟き、真っ向から迎撃する。ソラ自身はまず待機して戦局を窺った。両軍が交錯した瞬間、ソラは驚くべき光景を見た。敵の先駆けたる大将は、群がる騎兵をまるで子どものごとくあしらって突き進んできたのである。
その大刀が翻るたびに、盛んに血飛沫が揚がる。あるいは首が飛び、あるいは胴が断たれ、人馬の別を問わず無造作に斬殺されて、たちまち屍の山が築かれる。続く将兵も悪鬼のごとき形相で、いずれも一騎当千のはたらき。
その勢いにジョシ軍は早くも浮足立つ。ソラは知らず唇を震わせて、
「あの猛将は何ものだ……」
呟いたところではっと我に返ると、
「よもやあれこそ超世傑の語った猛将ではないか!」
ソラは周囲の精兵を集めると、おおいに鼓を打たせてどっと押しだした。
「一人でかかるな! 大勢で囲んで矢をかけよ!」
叫びながら駆ければ、前線の将兵も何とか踏み止まる。ハレルヤはほうと嘆声を漏らすと、笑みを浮かべて、
「敵将も単なる阿呆ではないらしい。しかしもう遅い」
大刀を廻らせれば、応じて一斉にジョシ軍の左翼に襲いかかる。そこにあったのは亜喪神ムカリとその百騎であったが、ムカリはもともとあまりまじめに戦う気がなかったため、矛先を向けられるとあっと言う間に踵を返して逃げだした。
そこを怒涛のごとく攻め立てれば、ジョシ軍の戦列は衣の糸を抜いたように崩れていく。