表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
草原演義  作者: 秋田大介
巻六
327/783

第八 二回 ③

トオレベ・ウルチ赫彗星に命じて宝珠を欲し

タルタル・チノ盤天竜に託して流星を迎う

(やかま)しいぞ! 俺はムジカに訊いているんだ」


 ソラはついに癇癪を起こす。アステルノももとより短気な性分(チナル)だったので、


「何だと。こっちはお前のために言っているんだ。あの淫婦の思惑どおりに踊らされる奴があるか!」


「知ったことか、ハーンの命令(ヂャルリク)だぞ。出陣するしかないんだ!」


 アステルノは憤然と席を立つと、さっと戸張(エウデン)を開く。振り向いて、


「好きにしろ。ただし亜喪神には気をつけろ!」


 言い捨てると寒風の中へ出ていく。ムジカらは呆気にとられて引き留める暇もない。ソラは舌打ちして言った。


「何だ、あれは。わけのわからぬことばかり言いやがって」


「まあ、あれにはあれの考えがあるのだ。多少言い方がまずかったが、君を(おもんぱか)って言ったことだ」


 と、ソラは無言で立ち上がる。ムジカはあわてて座らせようとしたが、その(ガル)をさっと払うと言うには、


「ダルシェなど恐れるに足らぬ。捷報(しょうほう)(注1)を待ってろ」


 ムジカは諦めて言った。


「魔軍にはハレルヤという猛将(バアトル)がある」


(つぶて)を喰らわせてやるさ」


「侮るな。それと陣中で何かあったら、迷わず難を避けよ。紅火将軍(アル・ガルチュ)(たの)め」


 これには答えることなく去った。ムジカはタゴサへと顔を見合わせて何ごとか語り合ったが、くどくどしい話は抜きにする。




 翌日、ソラはハーンに挨拶してアイルへと戻った。これに亜喪神ムカリと小スイシが(したが)う。梁公主と四頭豹は姿(カラア)を見せなかった。トオレベ・ウルチは、自ら言葉(ウゲ)を与えて言った。


「赫彗星、期待しているぞ」


「お(まか)せください。ハーンのご威光を知らしめてまいります」


 ソラは足早に帰って早速出陣を告げた。季節外れの(ソオル)人衆(ウルス)はおおいに困惑したが、もとより剽悍な氏族(オノル)のこととて勇躍(ブレドゥ)してことに臨んだ。


 ただ、小スイシがいちいち口を挟むのには誰もが閉口した。ソラに訴えるものもあったが、ハーンが付随せしめた軍監ゆえ強い抗議はできなかった。自らが忠誠(シドゥルグ)を疑われていることもあり、迂闊に怒らせると何と報告されるかわからなかったのである。


 亜喪神ムカリはというと、ハーンから授けられた百騎(ヂャウン)とともに加わっていたが、準備を助けるわけでもなく、従者(コトチン)を連れてうろうろしては駆け回るジョシの兵を冷やかしていた。それだけならまだしも、駿馬(クルゥグ)や良質の馬具などを見つけると、無理に取り上げて己のものとした。


 軍中からは不満の(ダウン)が挙がったが、これも捨て置くしかなかった。亜喪神の武勇を(たの)みにしていたこともあるし、無意識のうちではアステルノの忠告も引っかかっていたのである。


 こうしていろいろと問題を抱えつつも何とか態勢は整ったので、新年が明けて早々、ジョシ軍八千はアイルを離れた。目指すは長城(ツェゲン・ヘレム)に近いダナ・ガヂャルである。幸い天候は好く、(サルヒ)は冷たいものの行軍は順調であった。


 ソラは彗孛(すいはい)に騎乗して先頭を行き、その周囲はよそのアイルを追われてきた無頼の徒で固めていた。赤流星は白い雪原の中を粛々と進む。


 軍監の小スイシと亜喪神ムカリは、後軍(ゲヂゲレウル)に配されていた。初日の夜営で小スイシがソラを訪ねて言った。


「将軍が赤を尊ぶのは存じているが、雪中の行軍には目立ちすぎぬか」


「我が軍はこの軍装で士気を高め、(オロ)をひとつにしているのです。だいたいダルシェの哨戒(カラウル)(チルメ)は厳しく、軍装が何色だろうと関係ありません。ならば堂々と赤流星の武威を示して臨んだほうがよいのです」


 小スイシがなおもぐずぐずしているので苛立って、


「そもそも今になってそんなことを言ってもしかたないでしょう。卿は軍監であって参謀ではありません。戦についてはお(まか)せください」


 なぜか俄かに不機嫌になった小スイシが言うには、


「なるほど。たしかに門外漢が口を出すことではなかったわ。では将軍の戦をとくと拝見させてもらおう」


 そう吐き捨てて退いたが、この話はここまでにする。その後は格別のこともなく、ダナ・ガヂャルに接近(カルク)した。多くの斥候(カラウルスン)が放たれ、俄然緊張が増す。




 一方のダルシェもジョシ軍の姿を(とら)えていた。ダルシェは天下に盟邦なく孤立を保っていたから、その警戒たるや尋常ではない。いついかなるときでも輪番で近辺を哨戒し、他部族(ヤスタン)の接近に敏感であった。


 一定の距離を越えて近づいた軍は、その目標がダルシェであろうとなかろうと無差別に攻撃して退けた。すなわちダルシェの民に平時はなく、常に戦闘態勢を()いてしたのである。


 ジョシ軍は二百里の距離に近づいたところで早くも発見されていた。早馬(グユクチ)が走り、大ゲルに報告される。タルタル・チノは諸将を集めて言った。


赤い狗(フラアン・ノガイ)がやってくる。彼奴らを根絶やし(ムクリ・ムスクリ)にして雪原を(ツォサン)で染めてやれ」


 そのひと言で諸将は咆哮を挙げて勇み立った。タルタル・チノは背後に掛けてあった戦斧を取り上げて、前列の一将に授けると言った。


「ハレルヤ。すべてお前に(まか)せる。怒り(アウルラアス)をもって彼を討ち、喜び(ヂルガラン)をもって我に伝えよ」


 応じて八尺超の身を低くして戦斧を受け取る。


承知(ヂェー)。お言葉のままに」

(注1)【捷報(しょうほう)】勝利の知らせ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ