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草原演義  作者: 秋田大介
巻六
326/783

第八 二回 ②

トオレベ・ウルチ赫彗星に命じて宝珠を欲し

タルタル・チノ盤天竜に託して流星を迎う

 そこへ再び梁公主が現れると、


「おお、ドルベン。いかがしました?」


 四頭豹は(ようや)く笑い収めると、公主の姿形(ウヂェスグレン)を舐めるように眺めてから言った。


(あか)い彗星は堕ちましたぞ」


「そうですか」


 静か(ヌタ)に答えたが、(ニドゥ)には妖しい光が(よぎ)る。


「亜喪神を貸そうと言いましたら、礼まで述べて感謝していました。無知とは恐ろしいものです。赫彗星は堕ちるほかに(モル)はありません」


 また腹を(よじ)って、くっくっと笑う。


「ドルベン……。四つの頭(ドルベン・テリウ)とはよくぞ名付けたものです。貴殿に(はか)って私の憂いは晴れました」


「実に光栄です。あとは小スイシに意を含めて送り出すだけです」


 公主はうっとりと目を細めて歩み寄ると、


「お(まか)せします。貴殿は得物を持たぬ私の最高の(ウルドゥ)です」


「嬉しいことをおっしゃる。では公主はさながら私の(さや)ですな」


「さあ、今日はもうハーンはお休みになりました。もっと私の(チフ)を喜ばせる話をしてくださいな」


 二人は連れ立って(コイマル)消えた(ブレルテレ)が、この話はここまでにする。




 さて鼻息も荒くオルドを飛び出したソラは、(ツァサン)を蹴ってムジカを訪ねた。ずいと中へ踏み込むと、


「超世傑! ソラが参ったぞ」


 ムジカはおおいに驚きながら席を勧める。そこにはアステルノも居合わせたので、盟友(アンダ)の突然の来訪をともに喜んだ。タゴサが酒食を卓上(シレエ)に並べていると、


「おお、打虎娘。相変わらずだな」


「何が?」


「美しい(ヌル)に似合わぬ荒々しい挙措。打虎娘は(とつ)いでもやはり打虎娘だ」


 そう言うとソラは豪快に笑って、乾杯もせずにぐいと杯を(あお)る。タゴサがかっときて何か言いかけたが、ムジカが制すると尋ねて言うには、


「何か心配があるのではないか?」


 ソラは何げない風を装って再び杯を満たすと、


いや(ブルウ)、我が(セトゲル)は晴れわたって一片の(エウレン)もない」


「なら良いが……」


 ムジカは得心したわけではなかったが、それ以上は問わない。だが、アステルノも何か異状を感じたらしく言うには、


「お前は相変わらず底が浅い。(クダル)()くならもう少しうまくやれ」


「どういう意味だ?」


「ハーンに拝謁してきたのだろう。何かあったな?」


 ソラは無言でアステルノの鋭い目(クルチア・ニドゥ)を見返していたが、やがて首を振ると、


「神風兄にはかなわないな。実は遠征を命じられた」


「遠征? この季節にか」


 みなは一様に驚いて次の言葉(ウゲ)を待つ。ソラが何も言わないので、アステルノが業を煮やして尋ねた。


「いったいどこへ?」


 すると答えて言った。


「ダナ・ガヂャル」


 驚きはさらに増す。ムジカは青ざめて、


「ダルシェの冬営(オブルヂャー)ではないか!」


いかにも(ヂェー)


 頷くと、オルドであったことをすべて話す。居並ぶ好漢(エレ)はあまりのことに呆然として声もない。やっとアステルノが言った。


「見ろ、女禍がついに表出したぞ。赫彗星、()められたな」


「それで、どうするんだ?」


 ムジカが腕を組んで問えば、


「やむをえん。出陣するさ。幸い四頭豹が亜喪神ムカリを貸してくれるという。あの小僧(ニルカ)なら、ダルシェの猛者にも劣るまい」


「その四頭豹が俺には信用できんのだ! あれは公主と結んでいるに違いない。あんな奴の(ノガイ)など、俺なら絶対連れていかぬ。後背から刺されぬとも限らんぞ」


 アステルノが叫ぶ。ソラは不思議そうな顔をして言った。


「まさか。俺は仮にも部族(ヤスタン)の上将、暗殺などしてただですむわけなかろう」


 それを聞くとテンゲリを仰いで、


「どこまでめでたい奴なんだ、お前は! 公主、四頭豹、亜喪神、それに軍監の小スイシが結託すれば、お前の(アミン)など易々と消せる」


 ソラはむっとして言い返す。


「この赫彗星を易々とはないだろう。周囲はみな俺の兵衆だぞ。ジョシ軍数千の真ん中で俺をどうしようというのだ。俺が心配しているのはそんなことじゃない。ダルシェの冬営を奪う困難を憂えているのだ」


 向き直るとムジカに尋ねて、


「実際に()()を見た超世傑はどう思う。俺の赤流星で彼奴らを破れようか」


 ううむと唸ってすぐには答えない。実のところアステルノの言葉が気になって返答が遅れたのだが、ソラはふんふんと頷くと、


難しい(ヘツウ)か。兵の数は我が軍がやや多いと思うのだが」


 アステルノは両手を広げて、


「ああ、まことに遠征するのか。やめておけ、やめておけ! (ブルガ)はダルシェなどではない。そんなことを訊いても意味がないぞ」

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