第八 二回 ②
トオレベ・ウルチ赫彗星に命じて宝珠を欲し
タルタル・チノ盤天竜に託して流星を迎う
そこへ再び梁公主が現れると、
「おお、ドルベン。いかがしました?」
四頭豹は漸く笑い収めると、公主の姿形を舐めるように眺めてから言った。
「赫い彗星は堕ちましたぞ」
「そうですか」
静かに答えたが、瞳には妖しい光が過る。
「亜喪神を貸そうと言いましたら、礼まで述べて感謝していました。無知とは恐ろしいものです。赫彗星は堕ちるほかに道はありません」
また腹を捩って、くっくっと笑う。
「ドルベン……。四つの頭とはよくぞ名付けたものです。貴殿に諮って私の憂いは晴れました」
「実に光栄です。あとは小スイシに意を含めて送り出すだけです」
公主はうっとりと目を細めて歩み寄ると、
「お委せします。貴殿は得物を持たぬ私の最高の剣です」
「嬉しいことをおっしゃる。では公主はさながら私の鞘ですな」
「さあ、今日はもうハーンはお休みになりました。もっと私の耳を喜ばせる話をしてくださいな」
二人は連れ立って奥に消えたが、この話はここまでにする。
さて鼻息も荒くオルドを飛び出したソラは、雪を蹴ってムジカを訪ねた。ずいと中へ踏み込むと、
「超世傑! ソラが参ったぞ」
ムジカはおおいに驚きながら席を勧める。そこにはアステルノも居合わせたので、盟友の突然の来訪をともに喜んだ。タゴサが酒食を卓上に並べていると、
「おお、打虎娘。相変わらずだな」
「何が?」
「美しい顔に似合わぬ荒々しい挙措。打虎娘は嫁いでもやはり打虎娘だ」
そう言うとソラは豪快に笑って、乾杯もせずにぐいと杯を呷る。タゴサがかっときて何か言いかけたが、ムジカが制すると尋ねて言うには、
「何か心配があるのではないか?」
ソラは何げない風を装って再び杯を満たすと、
「いや、我が心は晴れわたって一片の雲もない」
「なら良いが……」
ムジカは得心したわけではなかったが、それ以上は問わない。だが、アステルノも何か異状を感じたらしく言うには、
「お前は相変わらず底が浅い。嘘を吐くならもう少しうまくやれ」
「どういう意味だ?」
「ハーンに拝謁してきたのだろう。何かあったな?」
ソラは無言でアステルノの鋭い目を見返していたが、やがて首を振ると、
「神風兄にはかなわないな。実は遠征を命じられた」
「遠征? この季節にか」
みなは一様に驚いて次の言葉を待つ。ソラが何も言わないので、アステルノが業を煮やして尋ねた。
「いったいどこへ?」
すると答えて言った。
「ダナ・ガヂャル」
驚きはさらに増す。ムジカは青ざめて、
「ダルシェの冬営ではないか!」
「いかにも」
頷くと、オルドであったことをすべて話す。居並ぶ好漢はあまりのことに呆然として声もない。やっとアステルノが言った。
「見ろ、女禍がついに表出したぞ。赫彗星、嵌められたな」
「それで、どうするんだ?」
ムジカが腕を組んで問えば、
「やむをえん。出陣するさ。幸い四頭豹が亜喪神ムカリを貸してくれるという。あの小僧なら、ダルシェの猛者にも劣るまい」
「その四頭豹が俺には信用できんのだ! あれは公主と結んでいるに違いない。あんな奴の狗など、俺なら絶対連れていかぬ。後背から刺されぬとも限らんぞ」
アステルノが叫ぶ。ソラは不思議そうな顔をして言った。
「まさか。俺は仮にも部族の上将、暗殺などしてただですむわけなかろう」
それを聞くとテンゲリを仰いで、
「どこまでめでたい奴なんだ、お前は! 公主、四頭豹、亜喪神、それに軍監の小スイシが結託すれば、お前の命など易々と消せる」
ソラはむっとして言い返す。
「この赫彗星を易々とはないだろう。周囲はみな俺の兵衆だぞ。ジョシ軍数千の真ん中で俺をどうしようというのだ。俺が心配しているのはそんなことじゃない。ダルシェの冬営を奪う困難を憂えているのだ」
向き直るとムジカに尋ねて、
「実際に魔軍を見た超世傑はどう思う。俺の赤流星で彼奴らを破れようか」
ううむと唸ってすぐには答えない。実のところアステルノの言葉が気になって返答が遅れたのだが、ソラはふんふんと頷くと、
「難しいか。兵の数は我が軍がやや多いと思うのだが」
アステルノは両手を広げて、
「ああ、まことに遠征するのか。やめておけ、やめておけ! 敵はダルシェなどではない。そんなことを訊いても意味がないぞ」