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草原演義  作者: 秋田大介
巻六
324/783

第八 一回 ④

カコ義君に(まみ)えて衛天王を称揚し

ソラ英王を拝して梁公主と相対す

 ソラの身を案じたものが、あるとき密かに告げて言った。


「将軍はハーンの寵臣と云うべきですが、それも姉上(エグチ)のご寵愛の余福(クトゥグ)に過ぎません。俚諺にも『男の愛情は留まることなく、女の容色(オンゲ)は必ず衰える』と申します。このままでは姉上が寵を失えば瞬く間(トゥルバス)に罪を得るでしょう。自重なされませ」


 しかしソラはおおいに怒って、


「それでは美人(ゴア)(デウ)というほかはまるで無能(アルビン)のようではないか。これでも俺は、外に出ては赫々(かくかく)たる武勲があり、内に在っては死を賭して大道を()べている。決して姉を(たの)んでいるわけではないぞ。二度と言うな」


 そう言って一向に改めようとはしなかった。それどころか徐々に驕慢な言動が目に付くようになったので、一部の盟友(アンダ)、すなわちムジカやアステルノを除く諸将は、彼を次第に(うと)んじるようになった。


 一方でその屈せざる気性(チナル)は、世間(オルチロン)の一部からおおいに評価された。これを慕って四方から罪人や無頼の徒が集まってきたが、元来ソラは些事に拘泥しない男だったので、深く考えもせずに片端から受け容れて厚遇した。好漢(エレ)たちの間では、


「天罪すら逃れうるに(ゴルバン)あり。一に赫彗星、二に超世傑、三に紅火将(アル・ガルチュ)


 と(うた)われた。紅火将についてはいずれ機会もあろうから、今は触れない。




 余談はさておき、もちろんソラも公主の存在を快く思っていなかった一人である。姉であるテラン・ゴアの境遇を憂えたこともあって、いずれハーンに苦言を呈そうと(チャク)を窺っていたが、バンフウの件があったためひとまず沈黙していた。


 しかし、公主はすでにテランが陰で己を呪詛していたのを知っていたので、ソラの才略(アルガ)をおおいに警戒していた。隙あらばこれを失脚せしめようとオルドで智恵を絞っていたのである。


 ソラが伺候したのはそういう時期であった。進み出て拝礼し、自信に溢れた(ヌル)を上げると、ハーンが言うには、


「赫彗星。西方に変事がないのはお前のおかげだ。忠勤に励むことみなお前のようであれば、わしも枕を高くして寝られるというものだ」


 変わらぬ信頼(イトゥゲルテン)ある言葉(ウゲ)をかけられて、ソラは満面に笑みを浮かべると、


「すべてはハーンの威光の賜物(アブリガ)でございます」


 そう言って深々と(テリウ)を下げる。その頭上から、(にわ)かに公主の(ダウン)が降ってきた。


「赫彗星」


 ソラは公主に渾名(あだな)を呼ばれたことが心外だったので、不快も(あらわ)に顔を上げて、


「何でございましょう」


「妙な噂を耳に入れたのでお尋ね申し上げますが、どうやら領内で罪を犯したものが、ことごとく将軍のアイルへ逃げ込んでいるとか。将軍はそれを(とが)めるどころか、むしろ手厚く遇していると奏上してきたものがあります。それは(ウネン)ですか?」


 公主は(オロウル)の端を(ゆが)めてソラを見下ろした。続けて言うには、


「もしそれが真なら、将軍は(ヂャサ)を破る輩を幇助(トゥサ)していることになります。上はハーンに(そむ)き、下は人衆(ウルス)を惑わす行為ではありませんか」


 トオレベ・ウルチの顔色がみるみる変わったが、当のソラは一向に動じることもなく、かえって公主を睨みつけて言った。


「そのような事実はありません。たしかに多少規矩に収まらぬような力猛きもの(クチュルゲ)ども(テン)門戸(エウデン)を開いてはおります。しかしそれも一朝有事の際に、その武勇がハーンのお役に立つと考えたゆえであり、決してハーンの定めた(ヂャサ)を軽んじているわけではありません」


「まことにそうでしょうか?」


「どういう意味です?」


 ソラは憤然として聞き返す。公主はやはり笑みを浮かべつつ、


「赫彗星は無頼の徒を集めて、善からぬ計画を進めていると言うものもあります。よもやとは思いますが、まさかハーンの身に危害を加えんとして……」


「何をくだらぬことを!」


 大声で遮ると、向き直ってハーンに言った。


「まさか大ハーンがかような誹謗中傷を信じられるとは思いませんが、あえて申し上げます。古言にも『讒言(アダルガン)は容れやすく、忠勤は達しがたし』と謂います。ゆえに明君は讒言を忌み、(ニドゥ)を広く天下に向けて、忠義の士を見落とさぬよう努めるのです。今、公主は小人の諛辞(ゆじ)(注1)に踊らされて忠道を(ふさ)ごうとしています」


 平伏して叩頭すると、さらに言うには、


「私は浅学非才ながら、幸いにもハーンの恩顧を賜って鎮西の要務を担っております。その恩に報いようにも不才ゆえ至らないのではないかと常々畏れておりますのに、どうしてそのような大それたことを考えましょう。小人の讒言に欺かれてはなりません。たったの一語で長年に(わた)る赤誠を疑うのは凡君の業でございます」


 それを聞いた公主の目に一瞬憎悪の(ガル)が揺らめいたが、すぐにもとの微笑を取り戻すと言うには、


「身に(やま)しいところがないのであらば、それを実際に見せてもらいましょう」


 ソラは胸中むかむかしつつ、何を言いだすかと身構える。


 公主が勝ち誇ったような顔で(うなが)せば、ハーンがあることを言ったのであるが、その言葉から宝珠(ダナ)の上に赤い流星が降り、豪勇の人々(ヂオルキメス)がおおいに雪原を賑わすこととなる。


 まさしく君命(ヂャルリク)には逆らいがたく、女禍は防ぎがたしといったところ。果たしてトオレベ・ウルチは何と言ったか。それは次回で。

(注1)【諛辞(ゆじ)】へつらって言う言葉。

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