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草原演義  作者: 秋田大介
巻六
322/783

第八 一回 ②

カコ義君に(まみ)えて衛天王を称揚し

ソラ英王を拝して梁公主と相対す

 インジャは居住まいを正すと、拱手して言った。


失礼(ヨスグイ)なことを申し上げました。お(ゆる)しください。盟友(アンダ)となるエルケトゥ・カンの人となり、十分に解りました。私も大カンの名を(はずかし)めぬよう努めさせていただきます」


 そのあとはお決まりの宴、ジョルチ部の好漢(エレ)たちは代わる代わる席を立っては、二人の使者に杯を勧める。


 (ボロ・ダラスン)に強いヨツチは片端からこれを受けて果たして酩酊したが、さして飲めぬカコのほうは節度を保ち、好漢たちの問いにも澱みなく答える。その様子に一同感心せぬものとてなく、ますますカコに信頼(イトゥゲルテン)を寄せた。


 そこに噂を聞きつけたオノチとカナッサがやってきて、さらに賑やかになる。こうして暗くなるまで飲んでやっと散会となる。


 雪花姫(ツァサン・ツェツェク)カコと急火箭ヨツチは、(オブル)を通してジョルチに滞在し、さまざまな折衝に当たった。金写駱(アルタン・テメエン)カナッサと小白圭シズハンが接待役に任じられたが、くどくどしい話は抜きにする。




 ジョルチとウリャンハタの同盟が進行しつつあるこのころ、共通の(ブルガ)たるヤクマン部は冬営地(オブルヂャー)に籠もって英気を養っていた。例年どおり梁と通交して物資の援助(トゥサ)を仰ぐ使者も派遣した。


 冬営とひと口に云っても、ヤクマン部は壮丁(ヂャラウス)十万と言われる大部族(ヤスタン)である。草原(ミノウル)南半の至るところに営地を構えていた。


 中でもトオレベ・ウルチ・ハーンは、長城(ツェゲン・ヘレム)近くに居を構えて一帯に睨みを利かせていた。その大規模なオルドも無論ともに移動(ヌーフ)している。各氏族(オノル)族長(ノヤン)は、厳しい冬の間も定期的にここを訪れてはハーンの機嫌を伺わねばならない。


 前線を守るムジカ、アステルノも例外ではない。その(ウドゥル)、二人は約会(ボルヂャル)して隊伍を組み、オルドへと向かった。従う将はムジカの(エメ)たる打虎娘タゴサ、奔雷矩(ほんらいく)オンヌクドである。


 このころにはムジカの英明と用兵の才を知らぬものとてなく、いつからか人は彼を「超世傑」と渾名(あだな)して敬慕するようになっていた。


 近隣(サーハルト)の小族にとって、その名は神風将軍(クルドゥン・アヤ)アステルノと並んで畏怖の対象であった。この二将のおかげで、版図(ネウリド)の北半は兵乱もなく治まっていると言ってよい。


 道中、アステルノがオンヌクドに語りかけて言った。


「西原へ行ったそうではないか。もしやミクケルの遺児がヤクマンに在ることを告げに行ったのか?」


そうだ(ヂェー)


 アステルノは(フムスグ)(ひそ)めると、


「ムジカが行けと言ったのか」


 頷くと、ますます難しい(ヌル)で、


「たしかにチルゲイとの友誼は重んじなければならぬ。だがそれは我が部族(ヤスタン)に対する背信にならぬか。ハーンに知れたらどうする。まったくムジカもいつもは俺などよりよほど忠臣(シドゥルグ)面しているが、思いきったことをするものだ」


 オンヌクドが答えずに黙っていると、


「それでチルゲイは何と?」


「残念ながら奇人殿には会えなかった。革命を伝える使者としてジョルチに向かったあとであった」


「ジョルチ部? インジャだな。……では四頭豹のことは?」


「伝えた。ウリャンハタの(シネ)カンは、中原に向けて急使(グユクチ)を立てたはずだ」


 アステルノは一瞬考える風だったが、言うには、


(ソオル)になるぜ。ムジカめ、気づいているかどうか判らんが、大変なことをしてくれた。ジョルチとウリャンハタが結ぶと、ちと面倒(ヤルシグタイ)だ」


「そうだな」


「ずいぶん暢気じゃないか。チェウゲン・チラウンの盟(注1)を実現させたチルゲイのことだ、きっとジョルチ、ウリャンハタ、タロトの会盟だって成立させてしまうぞ。草原(ミノウル)をふたつに分けた戦となると一大事だ」


 オンヌクドは小声で何か答えたが、強風(ハラ・サルヒ)に掻き消される。アステルノはかまうことなく、


「もしだぞ、それにマシゲルの獅子(アルスラン)でも加わった日にはどうする。最前線に立つのは俺たちだ。ムジカはちゃんと解っているのか」


 だがもはや何も答えない。やむなくアステルノも(アマン)(つぐ)む。


 四将は予定どおりハーンの冬営に到着した。早速拝謁が許される。英王トオレベ・ウルチの隣には、梁より下賜された公主が侍っていた。ハーンは彼女が来てから独りこれに寵愛を傾け、従来の妻妾(エメ)はすっかり忘れられたかのようであった。


 梁公主は名目上は梁帝(章宗)の娘ということになっているが、実際は後宮にあった貴人の一人である。トオレベ・ウルチと盟を結ぶにあたり、寵薄い中から選ばれたのである。


 いよいよ草原(ミノウル)に送り出すと決まったときには、遠い異郷に(とつ)がねばならぬ彼女の境遇を哀れんで、数多の詩賦が創られ、民間でも戯曲となって上演された。一連の作中で彼女は慎ましやかで婦人の範たる美徳を備えた薄幸の美人として描かれた。


 まさに悲劇の主人公として衆人の落涙を誘ったのであるが、実のところは彼女のために多くの好漢が災厄に遭うことになる。しかしそれについては次第にお話しせねばならぬこと。


 ともかく梁公主は、ハーンの傍にあって艶美な姿形(ウヂェスグレン)を見せていた。


 さらに脇に侍しているのは、かの四頭豹ドルベン・トルゲである。タムヤ脱出(アンギダ)以降、どういう経緯(ヨス)を経たかはわからぬが、いつの間にかハーンの信頼(イトゥゲルテン)を得て側近(オチル)に収まっていた。今では何をするにも彼の意見が求められるほどであった。


 そもそもハーンの左右には「七卿」と呼ばれる寵臣があった。すなわちダサンエン、コルスムス、スーホ、ウルイシュ、チンラウト、大スイシ、小スイシの七人(ドロアン)である。そのほとんどは西域(ハラ・ガヂャル)出身(ウヂャウル)で、俗に云う色目人の類であった。


 四頭豹は彼らにも(うと)まれることなく、巧みに取り入って重んじられていた。ところがアステルノなどは最初から四頭豹を嫌って、


「ああいう口先だけ(ビルヂウル)で成りあがったものほど信用できぬものはない」


 そうムジカらに会うごとに漏らしていた。その日も四頭豹がハーンの傍に親しく侍っているのを見て、気づかれぬように舌打ちした。

(注1)【チェウゲン・チラウンの盟】ヒィ・チノ、ギィ、ムジカによる盟友(アンダ)の誓い。第四 一回②参照。

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