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草原演義  作者: 秋田大介
巻六
321/783

第八 一回 ①

カコ義君に(まみ)えて衛天王を称揚し

ソラ英王を拝して梁公主と相対す

 さて、神道子の突然の恋はさておき、ウリャンハタ部の諸将は一堂に会してジョルチ部との同盟の是非を討議した。事前にチルゲイらによる運動が行き届いていたおかげで、大過なくことは決した。


 すなわち(ハバル)を待って、タロト部を加えた三部族(ゴルバン・ヤスタン)のハーンが親しく会盟することになったのである。(ようや)く大綱が定まったので、エルケトゥ・カンはおおいに気を好くして言った。


「以後、細目については奇人、お前に委ねる。必要な人材、物資があれば遠慮なく述べよ」


 応じて言うには、


「それではジョルチ部に出向いて折衝を担当するものを推挙させていただきます」


「お前ではいけないのか」


「私はこちらに残ります。ジョルチへは、そうですね。雪花姫(ツァサン・ツェツェク)()ってください。副使には急火箭を()てればよいでしょう」


 居並ぶ諸将はその名を聞いて一様に驚く。もっとも意表を衝かれたのはカコではなくヨツチであった。思わず(ダウン)を挙げて、


「俺か! さては前に俺が言った言葉(ウゲ)(注1)を覚えていやがったな」


 チルゲイは意に介さぬ様子で(テリウ)(めぐ)らせると、


紅大郎(アル・バヤン)はカムタイに帰ったら、すぐにイェスゲイをイシへ()ってくれ。竜騎士は彼とともに、タムヤに接する両岸に渡し場(オングチャドゥ)を設ける工事にかかってもらう。その手はずは君たちに(まか)せる。渡し場が完成したら会盟の日程(ウドゥル)の調整に入るから、そのつもりで」


 名を呼ばれた二人はそれぞれ頷く。


「あとは冬季(オブル)にご苦労ですが、早馬(グユクチ)にはたらいてもらって春に備えましょう」


「ほかには?」


 カントゥカが問えば、


「今はこれで十分です。問題があればその都度解決しましょう」


 あとは酒食が供されてお決まりの宴、双方の好漢(エレ)はおおいに興じる。


 翌日にはナオルらは帰還の途に就く。チルゲイとナユテがこれを見送ったが、そっとナオルが言うには、


「神道子、しかと(たの)んだぞ。私事にばかりかまけぬようにな」


「な、わかっている。心配するな」


 チルゲイは思わず高笑い。ハツチたちはやはり首を(かし)げる。ナオル、ハツチ、ドクト、ナハンコルジの四人は別れを告げて、まずはイシへ向かう。これにカトメイ、カコ、ヨツチが加わって賑やかな道中となる。


 語るべきこともなく無事に到着してミヤーンやチャオらの歓待を受けたあとは、カコとヨツチを伴っていよいよ舟でメンドゥ(ムレン)を渡る。寒風に震えつつ、東岸に達する。


「さあ、急げ。西(バラウン)の空を見よ、雪雲が湧いているぞ」


 ナオルが言うとおり、厚い(ゾザーン)(・エウレン)が彼らを追ってきている。六人の好漢は急いで北上する。


 タムヤではマタージ・ハーンが首を長くして彼らを待っていた。ナオルは経緯(ヨス)を説明して、ハツチをあとに残す。


 一夜明けて、あとはインジャに(まみ)えるばかりとなった。朝のうちに(バリク)を発つ。しばらく駆けたところでついに(ツァサン)になった。思わず(モリ)を止めてテンゲリを見上げる。ナハンコルジがややあわてた様子で言った。


「早く帰らねば。俺は寒い(フイテン)のは苦手なんだ。早く、早く」


 ドクトが苛立って、


「言われんでもわかってるわい。そう()かすな!」


 五人となった一行は頭を低くして先を急いだ。オルドに到着したころには辺りはすっかり雪景色となる。馬を降りて雪を払い、衛兵(ケプテウル)に帰着を告げる。


 インジャも久しく待っていたので、すぐに中に通される。ナオルが復命してカコとヨツチを引き合わせれば、おおいに喜んでこれを(ねぎら)う。早速側使い(エムチュ)に命じて、酒食を運ばせる。


 カコは平伏して言った。


「西の大カンのもとから参りましたカオエン氏のカコ・コバルと申します。(ヂェウン)のハーンに拝謁かなって、これに勝る喜び(ヂルガラン)はありません」


 その礼に(かな)った挙措と美しい容貌(クナル)に、みな等しく感嘆の息を漏らす。誰がいたかと言えば、ジョルチン・ハーン、アネク・ハトン、サノウ、セイネン、ジュゾウ、テヨナ、シズハン、ノイエン、タンヤンといった面々。


 当初、サノウなどは返礼(カリラ)の使者が(オキン)であることに(フムスグ)(しか)めていたが、その言動に接してたちまち態度を改めた。インジャが尋ねて言った。


「エルケトゥ・カンとは、いかなる方ですか?」


 カコは白面を少しだけ上げて、静か(ヌタ)に答えた。


「我がウリャンハタのものが、よその部族(ヤスタン)の方に大カンの人となりを尋ねられたときには、必ずこう答えるという常套句がございます」


「ほう、それはどんなものでしょう?」


 問われてすっと背筋を伸ばすと、インジャを正視して言うには、


「大カンはウリャンハタの太陽(ナラン)人衆(ウルス)に恩恵を与え、四夷を睥睨(へいげい)する真の王でございます」


 言い終えるとまた静かに面を伏せる。インジャは感心してさらに尋ねて言った。


「エルケトゥ・カンはその言葉(ウグレグセン・ウゲ)に照らして、いかがですか」


 カコは莞爾と微笑んで、


「その言葉をこれほど自信を持って口にしたことはございません」

(注1)【俺が言った言葉(ウゲ)】先に中原へ向かうチルゲイたちと()ったとき、ヨツチがシンに言い返した言葉のこと。第七 八回②参照。

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