第八 一回 ①
カコ義君に見えて衛天王を称揚し
ソラ英王を拝して梁公主と相対す
さて、神道子の突然の恋はさておき、ウリャンハタ部の諸将は一堂に会してジョルチ部との同盟の是非を討議した。事前にチルゲイらによる運動が行き届いていたおかげで、大過なくことは決した。
すなわち春を待って、タロト部を加えた三部族のハーンが親しく会盟することになったのである。漸く大綱が定まったので、エルケトゥ・カンはおおいに気を好くして言った。
「以後、細目については奇人、お前に委ねる。必要な人材、物資があれば遠慮なく述べよ」
応じて言うには、
「それではジョルチ部に出向いて折衝を担当するものを推挙させていただきます」
「お前ではいけないのか」
「私はこちらに残ります。ジョルチへは、そうですね。雪花姫を遣ってください。副使には急火箭を宛てればよいでしょう」
居並ぶ諸将はその名を聞いて一様に驚く。もっとも意表を衝かれたのはカコではなくヨツチであった。思わず声を挙げて、
「俺か! さては前に俺が言った言葉(注1)を覚えていやがったな」
チルゲイは意に介さぬ様子で頭を廻らせると、
「紅大郎はカムタイに帰ったら、すぐにイェスゲイをイシへ遣ってくれ。竜騎士は彼とともに、タムヤに接する両岸に渡し場を設ける工事にかかってもらう。その手はずは君たちに委せる。渡し場が完成したら会盟の日程の調整に入るから、そのつもりで」
名を呼ばれた二人はそれぞれ頷く。
「あとは冬季にご苦労ですが、早馬にはたらいてもらって春に備えましょう」
「ほかには?」
カントゥカが問えば、
「今はこれで十分です。問題があればその都度解決しましょう」
あとは酒食が供されてお決まりの宴、双方の好漢はおおいに興じる。
翌日にはナオルらは帰還の途に就く。チルゲイとナユテがこれを見送ったが、そっとナオルが言うには、
「神道子、しかと嘱んだぞ。私事にばかりかまけぬようにな」
「な、わかっている。心配するな」
チルゲイは思わず高笑い。ハツチたちはやはり首を傾げる。ナオル、ハツチ、ドクト、ナハンコルジの四人は別れを告げて、まずはイシへ向かう。これにカトメイ、カコ、ヨツチが加わって賑やかな道中となる。
語るべきこともなく無事に到着してミヤーンやチャオらの歓待を受けたあとは、カコとヨツチを伴っていよいよ舟でメンドゥ河を渡る。寒風に震えつつ、東岸に達する。
「さあ、急げ。西の空を見よ、雪雲が湧いているぞ」
ナオルが言うとおり、厚い雲が彼らを追ってきている。六人の好漢は急いで北上する。
タムヤではマタージ・ハーンが首を長くして彼らを待っていた。ナオルは経緯を説明して、ハツチをあとに残す。
一夜明けて、あとはインジャに見えるばかりとなった。朝のうちに街を発つ。しばらく駆けたところでついに雪になった。思わず馬を止めてテンゲリを見上げる。ナハンコルジがややあわてた様子で言った。
「早く帰らねば。俺は寒いのは苦手なんだ。早く、早く」
ドクトが苛立って、
「言われんでもわかってるわい。そう急かすな!」
五人となった一行は頭を低くして先を急いだ。オルドに到着したころには辺りはすっかり雪景色となる。馬を降りて雪を払い、衛兵に帰着を告げる。
インジャも久しく待っていたので、すぐに中に通される。ナオルが復命してカコとヨツチを引き合わせれば、おおいに喜んでこれを労う。早速側使いに命じて、酒食を運ばせる。
カコは平伏して言った。
「西の大カンのもとから参りましたカオエン氏のカコ・コバルと申します。東のハーンに拝謁かなって、これに勝る喜びはありません」
その礼に適った挙措と美しい容貌に、みな等しく感嘆の息を漏らす。誰がいたかと言えば、ジョルチン・ハーン、アネク・ハトン、サノウ、セイネン、ジュゾウ、テヨナ、シズハン、ノイエン、タンヤンといった面々。
当初、サノウなどは返礼の使者が女であることに眉を顰めていたが、その言動に接してたちまち態度を改めた。インジャが尋ねて言った。
「エルケトゥ・カンとは、いかなる方ですか?」
カコは白面を少しだけ上げて、静かに答えた。
「我がウリャンハタのものが、よその部族の方に大カンの人となりを尋ねられたときには、必ずこう答えるという常套句がございます」
「ほう、それはどんなものでしょう?」
問われてすっと背筋を伸ばすと、インジャを正視して言うには、
「大カンはウリャンハタの太陽、人衆に恩恵を与え、四夷を睥睨する真の王でございます」
言い終えるとまた静かに面を伏せる。インジャは感心してさらに尋ねて言った。
「エルケトゥ・カンはその言葉に照らして、いかがですか」
カコは莞爾と微笑んで、
「その言葉をこれほど自信を持って口にしたことはございません」
(注1)【俺が言った言葉】先に中原へ向かうチルゲイたちと遇ったとき、ヨツチがシンに言い返した言葉のこと。第七 八回②参照。