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草原演義  作者: 秋田大介
巻一
32/783

第 八 回 ④

諸将十面に埋伏してサルカキタンを(とりこ)にし

六駒忠義を貫徹してインジャを嘆ぜしむ

 インジャは諸将の功を賞したあと、サルカキタンとシャキを引見した。主のほうはうなだれて(ニドゥ)を合わせようともしない。臣のほうは毅然として(ノロウ)を伸ばし、まっすぐにインジャを睨みつける。


「どちらが主君(エヂェン)か判らないな。貴公は名を何と言う」


「シャキ」


「仕える主を誤ったようだな」


「このたびは不覚をとったが、もう一度戦えばお前のような小僧(ニルカ)に負けるわけがない。運好く勝っただけでいい気になるな」


 コヤンサンが激昂(デクデグセン)して腰の(ウルドゥ)(ガル)をかけたが、セイネンに制される。インジャは次にサルカキタンに向かって、


「大人、我々はベルダイに恨まれるようなことはしておらず、弓を向けられる覚えもありません。わざわざ無道の軍旅を興して草原(ミノウル)を騒がし、多くの人衆(ウルス)を死なせた罪は軽くはありませんぞ」


 答える言葉(ウゲ)もなく、(アマン)をもぐもぐさせるばかり。シャキが代わって言う。


「お前こそジョルチ部の(エイエ)を乱し、己の分限をわきまえず野望を(たくま)しくする侫者、タロト部に我が部族(ヤスタン)を売らんとしているではないか!」


 罵られたインジャは呵々と笑って、


「では聞くが。ヤクマン部の謀略に惑わされてハーンに叛き、同じ氏族(オノル)で相争い、無益な(ソオル)を続けているのは誰だ。無道の主を恥じよ!」


 さすがのシャキもぐっと(オロウル)を噛むばかり。目だけは屈するを潔しとせず、インジャを睨み続ける。と、(にわ)かにシャキはがくんと首を折って倒れ伏した。


 はっとして傍にいたナオルが抱き起こすと、口の端からひと筋の(ツォサン)を流している。不遇の策士シャキは、無道の主に忠義(シドゥルグ)を貫いて果てた。すなわち自ら(ヘル)を噛んで(アミン)を絶ったのである。


 諸将はシャキの最期に等しく息を呑んだ。(ようや)くインジャが口を開いて、


「主に忠を尽くすこと、かくまでとは。惜しむらくは明主に恵まれなかったか……」


 これを手厚く葬るよう命じると、怒り(アウルラアス)(あらわ)にサルカキタンを罵って、


「お前のような暗君に仕えたために、あたら有能な将が何人命を落としたか。今さらお前一人を斬ったとてしかたない。どこへなりとも去るがよい!」


 サルカキタンは恥じること(はなは)だしく、満面を朱に染めて(うつむ)いた。セイネンが(アクタ)()いてきてこれに与えると、


「二度目はありませんぞ。また我らの牧地(ヌントゥグ)を侵そうものなら、容赦いたしませんからそのつもりで」


 これには答えず無言で馬上の人となり、独りメルヒル・ブカを去った。


 セイネンが進言して、


「捕虜にした敵兵のうち、老兵や老いた親のあるものなどで、帰らんと欲するものは自由(ダルカラン)にさせて、それ以外の壮丁(ヂャラウス)は分配いたしましょう」


「それがよい」


 三千人の捕虜のうち半数(ヂアリム)は東帰を許された。こうしてインジャらはメルヒル・ブカをあとにした。草原(ケエル)に戻ってアイルを定めると、早速勝利を祝う宴を開く。併せて論功行賞を行った。


 一番の功はもちろんセイネン、捕虜五百人と馬五百頭が与えられる。次がナオルで、捕虜四百人と馬四百頭。三番手にはコヤンサンが呼ばれて、捕虜三百人と馬三百頭。そしてハクヒとシャジがそれぞれ捕虜百人と馬二百頭。イエテン、タアバ、タンヤンは馬百頭を得た。


 残りの馬は各氏族(オノル)に分けられ、傷ついた馬は(ほふ)られて宴席に並んだ。そこでセイネンが言った。


「義兄の取り分がないようですが」


 インジャは莞爾と笑うと手を振って、


「私は何もしていない。どうして分け前に(あずか)れよう」


 それを聞いて拱手して言うには、


「このような恩賞を賜ってもいまだキャラハン氏の民は少なく、これを養うことができません。義兄に献じようかと思うのですが」


 インジャは驚いて、


「何を言う、君のものを貰うわけにはいかない。今回は君がいなければ勝てなかった。そんなことを言ってはいかん」


「しかし……」


 インジャは少し考えて、やがて言うには、


「ではしばらく預かっておくことにしよう。どうだ」


「よろしゅうございます。ただ、ひとつお願いがあります」


「何だ」


「捕虜の五百人は、これを調練して、義兄の(ハルハ)にしようと思います。それを私に(まか)せてください」


「もとよりセイネンのもの、存分にするがよい」


 この五百人が「ハーンの紅き盾(フラアン・ハルハ)」と呼ばれる、いわゆる近衛軍(ケシクテン)の基になるのだが、それはまたあとの話。




 さて祝杯が幾とおりも(めぐ)ったころ、事件が起こった。陣中にあったジュマキンが突如消えた(ブレルテレ)のである。シャジは逃亡(オロア)を疑っておおいに怒ったが、インジャらはそうは思わず四方を捜させた。


 案の定、ジュマキンはアイルから少し離れたところで、自らの(ホオライ)を貫いて死んでいた。これはシャキに恥じて命を絶ったのである。


 インジャらは大きな悲しみ(ゲヌエル)とともにこれを葬った。そこで宴も終わり、みな眠りに就いた。


 一夜が明けてもインジャは鬱々として気が晴れなかった。そこでふと思い出したことがあってセイネンに(はか)ることにしたのだが、このことからさらに宿星は(めぐ)って主星の下に新たな輝きを点ずるということになる。さてインジャはいったい何を思い出したのか。それは次回で。

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