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草原演義  作者: 秋田大介
巻六
319/783

第八 〇回 ③

ナユテ一花に心を傾けて奇人に(はか)

サチ宴中に望を掲げて好漢を驚かす

 さて、夕刻(ヂルダ)。チルゲイのゲルに四人の好漢(エレ)(ヌル)を揃えた。ナオル、チルゲイ、クミフと当のナユテである。


 ひととおり挨拶をすませると、奇人言うところの()()に入った。と言ってもその実は、ナユテを肴に(ボロ・ダラスン)を飲んでいるだけである。密かにナオルが(ささや)いて言うには、


「神道子の言う花貌豹殿よりも、娃白貂(あいはくちょう)のほうがいわゆる美人(ゴア)じゃないか」


 やはり小声で答えて、


「人の好みは千差万別だ。例えばトシロルの好みなどは何度実例を示されてもさっぱり解らん」


 二人で笑い合っていると、今度はクミフが(カンチュ)を引いて、


「ねえねえ。神道子さんって好い男だね。きっとジョルチの(オキン)たちは騒いでるに違いないよ」


「でもあの様子じゃ花貌豹以外は眼中にないな。私は一年間ともに旅をしたが、一度もあんな神道子を見たことがない」


 言葉(ウゲ)のとおり、ナユテの様子はある意味滑稽なほどであった。しばらくしてチルゲイはふと思いついて、


「このまま飲んでいても一向に話が進まない。そうだ! 花貌豹を呼ぼう」


 あわてたのは神道子、わっと叫ぶと言うには、


「待て、待て。(セトゲル)の準備が……」


「さっきまで会わせろとか何とか騒いでいたではないか。心配するな。今日は顔合わせだ。ほかにも大勢ご招待、ご招待。娃白貂、行くぞ」


「え、私も?」


「手分けするんだ」


 二人はさっさと出ていく。しばらくして戻ってくると、実際にサチを連れている。またヒラト、タケチャク、ササカ、クメンの姿(カラア)もある。


 カオエン氏の名だたる好漢の到来にナオルはおおいに喜んだが、ナユテはそれどころではない。顔を朱に染めてまともに挨拶もできない有様。


「ははは。もうすっかり酔ってるな、神道子」


 チルゲイがふざけて言ったが言い返すこともしない。途端に倍増した客人(ヂョチ)を容れるため席を詰めたが、巧みにサチはナユテの(サーハルト)に配される。かくして宴は再開されたが、ふとナオルは首を(かし)げるとやはり囁いて、


「どうやってみなを連れてきたのだ」


盟友(アンダ)になるだろうジョルチの右王と親交を深めようと言ったのだ。つまり君が表の主賓というわけだ。もちろん我々にとってはそこで(かしこ)まっている卜人(トルゲチ)こそ主賓だけどね」


 そう言って(ニドゥ)でナユテを指して笑う。見れば黙々と酒杯を干すばかり。周囲の好漢が話しかけても心ここにあらず、何やらわけのわからぬ返答をしている。


 傍ら(デルゲ)のサチはといえば、早速卓上(シレエ)料理(シュース)を豪快に頬張っている。そして自ら大杯に酒を注いでぐいぐいと飲み干しては、誰かの戯言に大口を開けて笑う。ナオルは聞きしに勝るその豪傑ぶりに呆れて、


「チルゲイ、彼女はいつもあんな感じなのか」


 片目をつぶって答えて言うには、


昔日(エルテ・ウドゥル)から万事あの調子だ」


 さて彼らの意図は意図として、そもそも席に連なるはテンゲリの定めた宿星(オド)たち、次第に宴は盛り上がり、上は草原(ミノウル)の情勢から下は世俗(オルチロン)の雑事まで()むことなく語り合う。


 ナオルの謹直な人となりや鋭敏な感性は、居並ぶ好漢の心を(とら)えてやまず、正使の面目をおおいに(ほどこ)す。「四方に使して君命を(はずかし)めず」とはまさにこのこと。


 ところが一方の副使ナユテはというと、黙然と杯を重ねるばかりで会話に加わろうともしない。見かねたチルゲイが頃合いを見て言うには、


「そこにある神道子こそは、草原(ミノウル)に冠たる異能(エルデム)の主だぞ!」


 これには当のナユテが驚いて顔を上げる。チルゲイは委細かまわず、


「その渾名(あだな)は神意に通じるものという意味だ。その名のとおりいまだかつて占って()たらざるはなく、私も幾度助けられたか知れぬ。ジョルチ部でもその卓越した知謀とともに一目置かれているほどだ」


 その活躍ぶりを語れば、一同これを見る目がみるみる変わる。


 マシゲル部のバラウンを欺いたカラバルの計(注1)において的確に(ブダン)の天候を読んだ話に嘆声が漏れ、ケルテゲイ・ハルハに逃れたギィの所在(注2)を言い当てるに及んではみな驚きを禁じえない。


 チルゲイはまるで己のことのように誇らしげに言うには、


「さあ、何ごとか占ってもらおうというものはいないか」


 好漢は互いに目を見合わせたが、機先を制して真っ先に名乗りを挙げたものを見て、さすがの奇人もあっと驚いた。


「私のことを占ってくれ」


 それは誰あろう、花貌豹サチ。


「お、えっと、花貌豹か。何を占ってもらいたいのだ?」


 ナユテを盗み見れば、動揺のあまり杯が傾いていることにも気づかぬ有様。さらにサチの答えを聞いて、ナユテのみならず満座の誰もが意表を衝かれる。何と言ったかと云えば、


「私がどんな男の(エメ)になるのか知りたい」


 さすがの奇人も(ダウン)が出ない。みな瞠目して途端に座は静まりかえる。サチは左右を見回すと、


「どうした、何か妙なことを言ったか?」


 我に返ったチルゲイが、


「……いや(ブルウ)! なるほど、そうか。まったく妙じゃない。気になるだろう。ただ、少し意外だっただけだ」


「意外?」


いや、いや(ブルウ ブルウ)! そんなことあるものか。なあ、神道子」


 チルゲイですらこのあわてぶりである。ナユテの狼狽はその比ではない。すっかり我を失っている。

(注1)【カラバルの計】バラウンを欺いてギィと同士討ちを演じさせたこと。第三 八回④参照。


(注2)【ギィの所在】コルブのためにギィの所在を索めたこと。第四 〇回②参照。

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