第八 〇回 ②
ナユテ一花に心を傾けて奇人に諮り
サチ宴中に望を掲げて好漢を驚かす
チルゲイは、かの神技の主である友人が、ついぞ見せたことのない顔を晒しているのを珍しそうに眺めると、ううむと唸って腕を組んだ。
「難しいなあ。手を貸すことはやぶさかではないが……」
ナユテは明らかに落胆した様子で、
「そうだろうなあ。やはり部族の将軍ともなると私のような一介の卜人では……」
「はぁ? 何を言っているのだ。そういう意味ではない」
呆れ顔で言えば、ナユテは腑に落ちぬ表情。そこでにやりと笑うと、
「そもそもあいつが男女の情に興味があるのかと思ってな」
真意を量りかねているのを察して平生のサチの挙措について仔細に説けば、ナユテはテンゲリを仰いで、
「人は見た目によらぬもの、そんなに風変わりな方だったか」
「見た目によらぬ? まあよい。麒麟児なんかは『あれは男だ』と言って憚らぬ。ま、私はそうも思わぬが。神道子の言いたいこともわからんではない」
途端にナユテは瞳を輝かせて、
「そうだろう! 彼女に惹かれない君たちのほうがどうかしている。『花貌』とはよく名付けたものだ」
チルゲイはやや辟易しつつ、
「わかった、わかった。どうやらすっかりまいってしまったらしいな。ううむ、何か考えねばなるまい」
「おお! では……」
「あわてるな、あわてるな。よいか、神道子。これは困難な戦と同じだ。軍備を整えた上で慎重に臨まねばなるまい」
すると急に目を輝かせて叫んだ。
「そうだ、戦だ! よし、軍議を開こう!」
「軍議?」
訝しがるナユテに殊更にまじめな顔で答えて、
「まずは敵人を知ることだ。先にも言ったように、私は花貌豹にそういう気があるのかすら判らぬ。然るべき人を索めて敵情を探ろう。話はそれからだ」
ナユテは内心不安になりながらも万事を奇人に託す。そこで言うには、
「よし、では花貌豹も一応は女だからな。女のことは女に尋ねるのが一番だ。誰がよいかな……。うむ、それはまあいい。それから君はジョルチの副使だ。よってナオルには通じておかねばなるまい」
「あまり大勢に知られたくないのだが……」
「はい、はい。美髯公らには秘密にしておいてやる。君は戻ってナオルを呼んできてくれ。会盟の件で確かめたいことがとか何とか理由を付けてな。陽が没するころにまたここで集まろう」
有無を言わさずナユテを追い立てて、ゲルを出る。ナユテは言われるままにナオルを呼びに戻る。
それを見送ると少し思案していたが、やがて何か思いついたらしく嬉々として馬に跨がると、一直線にとあるゲルへ向かう。到着するや、案内も請わずに中へ入って言うには、
「おい、娃白貂はいるかい」
果たしてクミフはそこにいたが、目を円くして驚くと、
「どうしていつも突然入ってくるの? 外で一回声かけてって言ってるでしょ」
「やあ、悪い、悪い。ちょっと急いでいたものでね」
悪びれる様子もなく笑って言えば、溜息を吐いてこれに席を勧める。
「……で、私に何か用?」
「娃白貂の智恵を借りたい」
「え、奇人が智恵を借りようなんて珍しい」
「得手不得手は誰にもあるからな。尋ねたいことがある」
おもむろに切りだせば、やや警戒するように眉を顰める。
「そう怖い顔をするな。実は花貌豹のことなんだが」
「サチがどうかしたの?」
「単刀直入に訊くが、花貌豹っていうのは、女としての心性を有しているのかな。というのは誓海盟山の類に興味があるのかってことなんだが」
「せいかい……、何?」
「ひらたく云えば、男女の情愛ってところだ」
クミフはおおいに呆れて、
「何かと思えば、そんなことを訊くためにわざわざ来たの?」
チルゲイが頷けば、首を傾げて小考していたが、
「さあ、そこまでは判らない。でもあれで意外と女らしいところもあるし、興味ないってことはないんじゃないかな」
「ほう、そうか……」
クミフは考え込むチルゲイの顔をじっと見つめていたが、不意に言うには、
「まさかあなた、サチのことを……?」
「ん? 違う、違う、私ではない。なるほど、突然現れてそんなことを訊けば、そう思われてもしかたない。あっはっは」
さも愉快そうに笑う。笑い収めると向き直って、
「誤解されぬよう、君には真相を話しておこう」
そうして神道子の恋情を告げれば、ますます呆れて、
「それで飛び回ってるの? 相変わらずねえ。そもそも使者として行った先で女を見初めるなんて聞いたことないわ」
「よいではないか。草原の婚礼では互いの顔も知らぬこともままあるが、街では実際会って恋に堕ちるってのは一般の道理だ。ま、こういった情は、ときもところも立場もおかまいなしさ。君もそれは解るだろう」
「それはそうだけど……」
「よし、では君も同志だ! 夕刻、私のゲルへ来てくれ。神道子を紹介しよう」
そう言うと用はすんだと言わんばかりに立ち上がる。
「あ、ちょっと待って。私はまだ協力するとは……」
あわてて引き留めようとしたが、すでに戸張をくぐって去ったあとだった。クミフは頬を膨らませて呟いた。
「まったく有無を言わせないんだから!」