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草原演義  作者: 秋田大介
巻六
318/783

第八 〇回 ②

ナユテ一花に心を傾けて奇人に(はか)

サチ宴中に望を掲げて好漢を驚かす

 チルゲイは、かの神技(エルデム)の主である友人が、ついぞ見せたことのない(ヌル)(さら)しているのを珍しそうに眺めると、ううむと唸って腕を組んだ。


「難しいなあ。(ガル)を貸すことはやぶさかではないが……」


 ナユテは明らかに落胆した様子で、


「そうだろうなあ。やはり部族(ヤスタン)の将軍ともなると私のような一介の卜人(トルゲチ)では……」


「はぁ? 何を言っているのだ。そういう意味ではない」


 呆れ顔で言えば、ナユテは腑に落ちぬ表情。そこでにやりと笑うと、


「そもそもあいつが男女の(ドウラ)に興味があるのかと思ってな」


 真意を量りかねているのを察して平生のサチの挙措について仔細に説けば、ナユテはテンゲリを仰いで、


「人は見た目によらぬもの、そんなに風変わりな方だったか」


「見た目によらぬ? まあよい。麒麟児なんかは『あれは男だ』と言って(はばか)らぬ。ま、私はそうも思わぬが。神道子の言いたいこともわからんではない」


 途端にナユテは(ニドゥ)を輝かせて、


「そうだろう! 彼女に惹かれない君たちのほうがどうかしている。『花貌』とはよく名付けたものだ」


 チルゲイはやや辟易(へきえき)しつつ、


「わかった、わかった。どうやらすっかりまいってしまったらしいな。ううむ、何か考えねばなるまい」


「おお! では……」


「あわてるな、あわてるな。よいか、神道子。これは困難な(ソオル)と同じだ。軍備を整えた上で慎重に臨まねばなるまい」


 すると急に(ニドゥ)を輝かせて叫んだ。


「そうだ、戦だ! よし、軍議を開こう!」


「軍議?」


 (いぶか)しがるナユテに殊更(ことさら)にまじめな顔で答えて、


「まずは敵人(ダイスンクン)を知ることだ。先にも言ったように、私は花貌豹にそういう気があるのかすら判らぬ。然るべき人を(もと)めて敵情を探ろう。話はそれからだ」


 ナユテは内心不安になりながらも万事を奇人に託す。そこで言うには、


「よし、では花貌豹も一応は(オキン)だからな。女のことは女に尋ねるのが一番だ。誰がよいかな……。うむ、それはまあいい。それから君はジョルチの副使だ。よってナオルには通じておかねばなるまい」


「あまり大勢に知られたくないのだが……」


はい、はい(ヂェー ヂェー)美髯公(ゴア・サハル)らには秘密(ニウチャ)にしておいてやる。君は戻ってナオルを呼んできてくれ。会盟の件で確かめたいことがとか何とか理由を付けてな。(ナラン)が没するころにまたここで集まろう」


 有無を言わさずナユテを追い立てて、ゲルを出る。ナユテは言われるままにナオルを呼びに戻る。


 それを見送ると少し思案していたが、やがて何か思いついたらしく嬉々として(モリ)(また)がると、一直線にとあるゲルへ向かう。到着するや、案内も請わずに中へ入って言うには、


「おい、娃白貂(あいはくちょう)はいるかい」


 果たしてクミフはそこにいたが、目を円くして驚くと、


「どうしていつも突然入ってくるの? 外で一回声かけてって言ってるでしょ」


「やあ、悪い、悪い。ちょっと急いでいたものでね」


 悪びれる様子もなく笑って言えば、溜息を()いてこれに席を勧める。


「……で、私に何か用?」


「娃白貂の智恵を借りたい」


「え、奇人が智恵を借りようなんて珍しい」


「得手不得手は誰にもあるからな。尋ねたいことがある」


 おもむろに切りだせば、やや警戒するように(フムスグ)(ひそ)める。


「そう怖い顔をするな。実は花貌豹のことなんだが」


「サチがどうかしたの?」


「単刀直入に訊くが、花貌豹っていうのは、女としての心性(チナル)を有しているのかな。というのは誓海盟山の類に興味があるのかってことなんだが」


「せいかい……、何?」


「ひらたく云えば、男女の情愛ってところだ」


 クミフはおおいに呆れて、


「何かと思えば、そんなことを訊くためにわざわざ来たの?」


 チルゲイが頷けば、首を(かし)げて小考していたが、


「さあ、そこまでは判らない。でもあれで意外と女らしいところもあるし、興味ないってことはないんじゃないかな」


「ほう、そうか……」


 クミフは考え込むチルゲイの顔をじっと見つめていたが、不意に言うには、


「まさかあなた、サチのことを……?」


「ん? 違う、違う(ブルウ ブルウ)、私ではない。なるほど、突然現れてそんなことを訊けば、そう思われてもしかたない。あっはっは」


 さも愉快そうに笑う。笑い収めると向き直って、


「誤解されぬよう、君には真相(ウネン)を話しておこう」


 そうして神道子の恋情を告げれば、ますます呆れて、


「それで飛び回ってるの? 相変わらずねえ。そもそも使者として行った先で女を見初(みそ)めるなんて聞いたことないわ」


「よいではないか。草原(ケエル)婚礼(ホリム)では互いの顔も知らぬこともままあるが、(バリク)では実際会って恋に堕ちるってのは一般の道理(ヨス)だ。ま、こういった情は、ときもところも立場もおかまいなしさ。君もそれは解るだろう」


「それはそうだけど……」


「よし、では君も同志(イル)だ! 夕刻(ヂルダ)、私のゲルへ来てくれ。神道子を紹介しよう」


 そう言うと用はすんだと言わんばかりに立ち上がる。


「あ、ちょっと待って。私はまだ協力するとは……」


 あわてて引き留めようとしたが、すでに戸張(エウデン)をくぐって去ったあとだった。クミフは(ハツァル)を膨らませて呟いた。


「まったく有無を言わせないんだから!」

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