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草原演義  作者: 秋田大介
巻六
316/783

第七 九回 ④

タケチャク奇人を(もと)めて奔雷矩の言を伝え

ナオル叡慮を量りて衛天王の信を得る

 カントゥカはううむと唸ると左右を顧みる。ヒラトは眉間に皺を寄せて智恵を(めぐ)らせている。サチは相も変わらぬ無表情、ボッチギンは何やらぼんやりした様子。独りアサンが(アマン)を開くと、ナオルに尋ねて言った。


「ジョルチの人衆(ウルス)は山塞の恨みを忘れられるでしょうか」


 答えて言うには、


「ミクケル・カンはすでに討ち果たされました。我がハーンは、革命を遂げたウリャンハタをまったく別の部族(ヤスタン)だと考えています」


 アサンはなぜかここで初めて笑みを消すと、


「たしかに我々自身、ミクケルの代とは一線を(かく)していると考えてはいます。しかし、ひとつ問題があります」


「何でしょう?」


 アサンは言いにくそうにしていたが、やがて意を決すると言った。


「神威将軍の仇怨……。それでもジョルチン・ハーンは、ウリャンハタと結ぶ意志(オロ)がありますか?」


 ジョルチの好漢(エレ)たちの顔色がさっと変わる。


 神威将軍、すなわちインジャの伯父(エビン)たるハクヒは、ウリャンハタ軍の夜襲でインジャの身代わりとなって戦死(注1)した。それを知ったインジャは悲憤のあまり気を失い、諸将も臓腑を引き裂かれる思いで山塞へ向かったのである。


 五人の使者のうち、その場に居合わせたのはナオル一人である。当時、ハツチとドクトは家畜(アドオスン)や人衆を連れて山塞へ先行しており、ナユテとナハンコルジはまだ麾下に加わっていなかった。


 そのナオルがやや青ざめた(ヌル)で言うには、


「たしかに神威将軍のことは無念です。誰も忘れたりはしません。しかし……」


 みな次の言葉(ウゲ)をじっと待つ。しばらくして、


「しかし我らに代わって仇敵(オソル)ミクケルを討ってくださったのは、ほかならぬ大カンです。無念と言うのは我らの(ガル)で仇を討てなかったこと……。大カンに感謝することはあっても、どうしてこれを恨みましょう。我が人衆は正邪の別もつかぬような蛮族ではありません。神威将軍のことはお気になさらぬようお願い申し上げます。それに……」


 また言葉を切る。次に口を開いたときにはすでに顔色は復し、語調も力強くなっていた。


「それに我がハーンは、旧怨をもって新たな(イル)を失う愚は犯しません。(エチゲ)の仇であるテクズスの(コウ)(注2)ですら今では黄金の僚友(アルタン・ネケル)の一員、いわんや大カンにおいてをや、盟約成れば冥府(バルドゥ)の神威将軍もきっと喜ぶでしょう」


 アサンはおおいに頷くと、向き直って言った。


「すぐに諸将を召集して(はか)りましょう。かの右王の語りたる言葉(ウグレグセン・ウゲ)は、チルゲイの云う『信頼ある(イトゥゲルテン)』ものです」


「よろしい。万事そのようにせよ」


 カントゥカはそう言うと、即座にタケチャクに諸将の召集を、ヒラトに諸準備を、チルゲイに賓客の接待を命じた。


 ナオルらは拝礼して退出すると、チルゲイによってゲルをあてがわれた。責務(アルバ)()えて腰を落ち着けると、ハツチが嘆息して言った。


「正使がナオル殿でよかった。ハクヒ殿のことを尋ねられたときは、心臓(ヂルケ)が止まるかと思ったわ。わしらは誰もそこにいなかったからな」


 ドクトは素直(ツェゲン・セトゲル)に感心して言った。


「義兄上はそれを予想(ヂョン)してナオルを選んだのだ。単にチルゲイと仲が好いからだと思っていたが浅慮だったわ。さすがは義兄上だ」


 ナオルは少し悲しそうな顔をして、


そうだ(ヂェー)。私を()ることで、ハクヒ殿の件が支障ないことを示されたのだ」


 ハツチは見事な長髯(オルトゥ・サハル)をしごきつつ、


「我がハーンはまことに英主じゃ」


 それからしばらくは誰も言葉を発しなかったが、ふとナハンコルジが呟いて、


「それにしてもよ、ウリャンハタの大カンはいかにも恐ろしい人物だったな。俺は顔を上げることもできなかったぜ」


 ドクトは傲然と(チェエヂ)を張って言った。


「そんなことあるかい! わしは山塞の(ソオル)で奴に一騎討ちを挑んだものだぞ」


 ナオルが笑って訂正して言うには、


違う(ブルウ)、ドクトが戦ったのはこの前来ていた一角虎(エベルトゥ・カブラン)のほうだ。カントゥカとやり合ったのはアネク、コヤンサン、カトラ、タミチの四人(注3)。ところがまるで相手にならなかった。たしかに恐るべき猛将(バアトル)だ」


「ん? そんなこと知ったことか。とにかくわしは恐ろしくなどないぞ!」


「わかった、わかった。それにしても『威勢ある(エルケトゥ)カン』とはよく名付けたものだ。まさしくその名のとおりだ」


 ハツチが感心して言ったが、くどくどしい話は抜きにする。


 ただここでナユテが独り会話に加わらず物思いに(ふけ)っていたことは記憶しておいてよい。実は先の大カンとの拝謁以降、ずっとこの調子なのである。なぜかと云えばそれはいずれわかること。


 ともかくその(ウドゥル)のうちに四方に使者が飛び、ウリャンハタの好漢諸将が一堂に会することになる。


 そこでジョルチ部との同盟の是非が(はか)られるわけだが、まさしく昔日(エルテ・ウドゥル)(ブルガ)は明日の友、干戈をもって相対したものが、ときを経て酒杯をもって再会するというのも乱世ならではの宿運(ヂヤー)というもの。


 このことから大は両個の大族が血盟を交わし、小は両個の英傑(クルゥド)が交誼を結ぶことになる。果たしてナオルらはいかなる命運に巡り合うか。それは次回で。

(注1)【身代わりとなって戦死】第二 五回③参照。


(注2)【テクズスの(クウ)】アイヅム氏族長(ノヤン)コニバンのこと。初登場は第一 七回③。


(注3)【カントゥカと……】第三 一回④参照。

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