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草原演義  作者: 秋田大介
巻六
315/783

第七 九回 ③

タケチャク奇人を(もと)めて奔雷矩の言を伝え

ナオル叡慮を量りて衛天王の信を得る

 道中があまりに無事だったので、護衛のために(したが)っていたドクトが残念そうに言うには、


「何だ、もう着いたのか。わしらの出る幕はなかったな」


 ハツチが(たしな)めて、


「何もなくて良かったではないか。喜べ、喜べ」


 ナユテもまた微笑んで、


「我が版図(ネウリド)も、ウリャンハタのカンの版図も治安が良い(ヂャルチムタイ)ということだ。美髯公(ゴア・サハル)の言うとおり喜ばしいかぎりだ」


 麒麟児らは誇らしげな(ヌル)で聞いていたが、そこで矮狻猊(わいさんげい)が言うには、


「ここでしばらくお待ちください。大カンに報告してまいります」


 余の七人はそこで(モリ)を留めて待った。ほどなくして戻ってくると、


「大カンは(こと)の外喜ばれて、すぐお連れするようにと仰せです。こちらへどうぞ」


 しばらく進むと、(ようや)くカンの大ゲルが視界に入る。八人は馬を馬飼い(アドゥウチン)に預けて、戸張(エウデン)をくぐる。


 チルゲイもにやにやしながらあとに続こうとしたが、タケチャクはその(カンチュ)を引いて小声で言った。


「潤治卿がかなり怒っているぞ」


「ううむ、ちと遊びすぎたか。ナオルを連れてきた功で帳消しにならぬか」


万人長(トゥメン)を二人も連れて、三月も留守にしたんだ。心するがいい」


 さしもの奇人もやむなく神妙な顔を作って中に入る。すでにナオルらは挨拶をすませて、ねぎらいの言葉(ウゲ)を受けていた。


 カントゥカの左右にはアサン、ヒラト、サチ、ボッチギンの四人の重鎮が控えている。ヒラトは、チルゲイを目敏(めざと)く見つけると無言で睨みつける。


 チルゲイがばつが悪そうに笑いかけたが、もちろん応えない。そのままシンと並んで跪拝して帰参を報告すれば、


「チルゲイ、お前が今まで何をしていたかはあとでじっくり聴かせてもらう」


 これには小さく舌打ちをすると、伏したまま傍ら(デルゲ)のシンに(ささや)いて、


「カンも怒ってるみたいだぞ。まずかったか」


「お前が悪い(モータイ)んだぞ。俺は早く戻ろうと言ったではないか」


「いやあ、毎日飲んでましたなんて言ったら、さらにまずいだろうな」


 ぼそぼそと言葉を交わしていると、ついにヒラトが(フムスグ)(しか)めて(アマン)を開きかけた。が、その前にナオルが涼しい顔でさらりと言った。


「大カンに申し上げます。このたびは三名もの名高き(ネルテイ)好漢(・エレ)を派遣していただき、我らジョルチの人衆(ウルス)は心から喜んでおります」


「うむ……」


 ヒラトもナオルの言を遮るわけにはいかず、口を閉じる。続けて言うには、


「ウリャンハタの英傑(クルゥド)方の高邁(ウンドゥル)(オロ)に、我がジョルチン・ハーンをはじめみな感嘆いたしました。それで惜別の(ドウラ)(こら)えがたく、つい長々と引き留めてしまいました。伏してお詫びを申し上げ、お(ゆる)しを請う次第であります」


 そして深々と平伏する。カントゥカが言った。


「うむ、ああ、ともかく顔を上げられよ」


 ヒラトは(ムル)(すく)めて首を振り、アサンは楽しそうに微笑む。それを覗き見て、チルゲイは心中快哉を叫ぶ。さてナオルは顔を上げると言った。


「このたび答礼(カリラ)の使者として我らが参ったのは、ここにあるチルゲイ殿の発案によるもの。詳細は彼にお尋ねください」


 問われるのを待つまでもなく奇人は進み出ると、


そうです(ヂェー)。我が部族(ヤスタン)の将来のために提案があり、わざわざジョルチの右王にご足労願ったのです。というのは、先にヤクマン部のオンヌクドが報せてくれた大事に関係がございます」


 そのことについては一同承知している様子だったので、先を続けて、


「ミクケルの遺児と亜喪神がトオレベ・ウルチの援助(トゥサ)を得たとなると実に由々しき事態でございます。単独で抗するにはヤクマン部はあまりの大族、信頼(イトゥゲルテン)ある部族(ヤスタン)と結んで対抗するほかありません」


 ひとつ咳払いすると、


「信頼ある部族(ヤスタン)とは、第一にハーンが英邁で信義に厚く、逆境にあっても決して約定を(たが)えないこと。第二に輔臣に有用の材多く、かつ固い結束(ヂャンギ)をもってハーンの意志に(そむ)かないこと。第三にヤクマン部を共通の敵人(ダイスンクン)としていること。この三者を同時に満たしていれば、盟邦としてこれに勝る相手はありません」


 カントゥカは深く頷いて黙っている。チルゲイは意を強くして言った。


「そこでジョルチ部を観るに、かのジョルチン・ハーンの英明は天下に轟き、その信義のほどは、先年ミクケルがタロト部を攻めた際にこれを決して見捨てなかったことからも明らかです。麾下に集う黄金の僚友(アルタン・ネケル)はいずれもまことに英傑好漢と呼ぶに相応しく、みなハーンの義兄弟として私心なくこれを戴いております。またトオレベ・ウルチのために三十年の内乱(ブルガルドゥアン)を戦い、今では幼児(チャガ)に至るまでこれを仇敵(オソル)として深く恨んでおります。これをもってこれを()れば、我がウリャンハタの新たな盟友(アンダ)として、ジョルチ部ほど優れた部族(ヤスタン)は、草原(ミノウル)中を探してもいないでしょう」


 チルゲイは一旦言葉を切ると、居住まいを正して言った。


「ウリャンハタの安寧のために、ジョルチン・ハーンと会盟してください。両部族(ヤスタン)(テルゲン)の両輪のごとく親しみ合えば、いかなる敵人をも退けましょう。そこで僭越ながら、臣の独断でジョルチ部の右王をお連れした次第です」

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