第七 九回 ①
タケチャク奇人を索めて奔雷矩の言を伝え
ナオル叡慮を量りて衛天王の信を得る
ウリャンハタ部の新カン、衛天王カントゥカの使者として中原を訪れたチルゲイ、シン、スクの三人は、ジョルチン・ハーンの手厚い歓待を受けた。
黄金の僚友と呼ばれるジョルチ部の好漢たちも方々から集まり、二日に亘って盛大な酒宴が開かれる。それがすんだあとも三人は引き止められて、今日はナオル、明日はセイネンといった個人的な招待が続く。
そうこうするうちにいつの間にかひと月近く経ってしまった。すでに風は冷たく、冬は目前である。三人は諮ってインジャに見えると、
「そろそろ西原に帰ろうと思います」
「では最後に送別の宴を開きましょう」
早速四方に使者が送られる。応じて続々と諸将が馳せ参じる。タムヤのマタージ・ハーンも報せを受けたが、呆れ顔でゴルタに言うには、
「奇人殿はまだいたんだな。タムヤに寄らずに帰るわけがないから、妙だとは思っていたんだが」
そこへ一人の文官が入ってくると奏して、
「ウリャンハタ部よりタケチャク・ヂェベなるものが来ております」
「ははあ、あんまり遅いんで迎えが来たか」
笑って謁見を許す。通されたのはひと目でそれとわかる好漢。拱手して挨拶すると言うには、
「ハーンはチルゲイたち三名の所在をご存知ではありませんか」
思わず大笑いしてジョルチ部にいることを教えると、ほっと安堵の息を漏らす。ちょうどジョルチへ行くことを告げれば、同行を望んだので快く承知する。
準備整い、タムヤの主従はタケチャクを伴ってタムヤをあとにした。道中は格別のこともなく目指すアイルに到着する。
オルドにはすでに数多の好漢が集って、彼らを心待ちにしていた。マタージはインジャに挨拶を終えると、チルゲイに向き直って、
「ウリャンハタから迎えが参っておるぞ」
チルゲイは左右を顧みて、
「やや、長居しすぎたか。で、誰が来ましたか」
「タケチャクなる好漢。何やらかなりあわてていたようだが」
「おお、矮狻猊か」
インジャが言った。
「その方もここにお通ししてください」
応じて早速タケチャクが招き入れられる。まずは諸将に丁重に挨拶すると、チルゲイらを睨みつけて、
「大事なときにふた月も留守にしよって。みな怒っているぞ」
「すまぬ、すまぬ。変わったことでもあったか」
「お前の留守に訪ねてきたものがあった」
「ほほう、誰だ?」
「ヤクマン部のオンヌクドという男だ」
その名を聞いておおいに驚く。
「奔雷矩が? 遠路はるばるやってきたということは、重要な用事だったのではないか」
「いかにも。恐るべきことを報せてくれた」
「恐るべきこと? 何だそれは」
するとタケチャクは言葉を濁して、
「ここではちょっと……」
「では外で聴こう。ハーン、ちょっと中座いたします」
チルゲイはタケチャクを促して外に出る。居並ぶ諸将は唖然としてこれを見送ったが、やがて再び喧騒に戻ろうかというころに二人は戻ってきた。見れば常にない険しい表情。インジャが心配して、
「何かありましたか」
「容易ならざることです。ここにはちょうどジョルチ部のみなさんがお揃いです。是非聴いていただきたい」
前置きすると、一旦言葉を切って周囲を見回す。もちろんみな黙って注視している。おもむろに口を開いて言うには、
「ヤクマン部のオンヌクドは、奔雷矩という渾名を持つ好漢です。以前ミヤーンとジョナン氏のアイルを騒がせたときに、族長のムジカとともにとてもよくしてくれた男です」
さらに続けて、
「彼が密かにもたらした報によると、何とミクケルの遺児がヤクマン部に投じたとのこと。かの遺児の行方については、ここにある矮狻猊が手を尽くして査べていたのですが、よもやヤクマンにいるとは思いも寄りませんでした」
ジョルチの諸将もおおいに驚く。さらに続いて放たれた言葉に驚きは倍増した。何と言ったかと云えば、
「トオレベ・ウルチはこれを厚く保護し、……四頭豹ドルベン・トルゲに補佐を命じたそうです」