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草原演義  作者: 秋田大介
巻六
312/783

第七 八回 ④

カントゥカ西邑を合して公に即位を宣し

チルゲイ中原に使して親しく義君に(まみ)

 もちろんジョルチン・ハーンが彼らを歓迎することはひととおりではなく、すぐに酒宴の用意を命じて上座を勧める。重ねて辞退したが許されず、結局三人は客座を占めた。歓談に興じているうちにも続々と報せを受けた好漢(エレ)たちが到来する。


 当然のごとく真っ先に現れたのは、今やハトンたる鉄鞭(テムル・タショウル)のアネク。その艶美にシンとスクは思わず息を呑む。次いでアネクの侍女(チェルビ・オキン)たるジョンシ氏のテヨナと、イタノウ氏のシズハンが挨拶する。


 次いで近侍する武官、ノイエンとタンヤンが名乗りを上げ、さらに断事官(ヂャルグチ)サノウを筆頭にオルドに集う文官、すなわちナユテ、ハツチ、トシロル、カナッサらが着座する。久闊を叙していると、名高き紅袍軍(フラアン・デゲレン)の大将セイネンがやってくる。


 以降、夜になるまで続々と黄金の僚友(アルタン・ネケル)が馳せ参じて、場はさながら駿馬(クルゥグ)の並ぶ厩舎(アラチュグ)のごとき様相を呈す。新たな好漢が到着するごとにわっと歓声が挙がり、それぞれ客人(ヂョチ)に挨拶して酒杯が交わされる。


 チルゲイがやっと君命を果たすべくミクケル放伐の経緯(ヨス)を語れば、興味を示さぬものはなく熱心に(チフ)を傾ける。ときに感嘆し、ときに大笑し、語り終えれば再び歓声巻き起こり、賛辞が(こだま)した。


 ミクケルの凋落を誰もが喜び、(シネ)カンの誕生を(セトゲル)から祝した。カントゥカの武威(注1)は、かつて山塞に戦ったものなら知らぬものとてなく、さもありなんと一様に得心する。酒宴はいつ果てるともなく続き、深夜に及んでやっと散会となった。


 明けて翌日、オロンテンゲル(アウラ)の守将たるテムルチ、コニバン、マルケが来ると、再び一堂に会して前夜に劣らぬ活況を呈した。数えてみれば集まったジョルチ部の好漢は三十人(ゴチン)


 名を挙げれば、ジョルチン・ハーン、ナオル、トシ・チノ、サノウ、セイネン、アネク・ハトン、ナユテ、トオリル、ハツチ、ドクト、テムルチ、オノチ、キノフ、サイドゥ、ジュゾウ、コヤンサン、カトラ、タミチ、テヨナ、マルケ、トシロル、ナハンコルジ、カナッサ、シズハン、ノイエン、イエテン、コニバン、タアバ、タンヤン、シャジといった面々。


 これにチルゲイ、シン、スクの三人を加えた錚々(そうそう)たる顔ぶれ。


 インジャは喜色を(たた)えてゆっくりと杯を傾ける。傍ら(デルゲ)のアネクはハトンとはいえ一個の歴戦の武人、(ハツァル)を赤く染めつつ快調に杯を干す。


 コヤンサン、ドクトは例のごとく痛飲しておおいに暴れ、サノウはあまりの喧騒に嫌気が差して不機嫌に黙り込む。間に立ったハツチ、トシロルらは右往左往し、それを見たジュゾウが大笑いといった宴席の様子は以前と何ら変わることがない。


 ナオルがチルゲイに語りかけて言うには、


「我々もこうして一堂に会するのは久しぶりだ。チルゲイのおかげで久々に山塞を思い出した」


「オロンテンゲルはジョルチ部の原点であるように、我らウリャンハタにとっても分岐点になった。あの無謀な出師があったからミクケルは滅んだのだ。あんな(ソオル)同志(イル)を失うことがなくてまことに良かった」


 するとスクが傍らから、


「お前は真っ先にいなくなったではないか。何年も便りも寄越さずに」


「ははは、それを言うな、言うな。おかげでジョルチやタロトと易く和解(エイエ)が成ったではないか。お望みとあらばナルモントやマシゲルのハーンにも会いに行けるぞ」


 そう話しているところへ、何とインジャが(みずか)らやってきて、


「奇人殿、楽しんでおられるか」


「おお、偉大なるハーンよ! 楽しんでおりますぞ」


 大仰に答えるとインジャは笑って隣席(サーハルト)に座った。


「かつて奇人殿は、いずれ驚くべき報せをもたらす(注2)と言ったが、よもや革命ほどの大事とは思いませんでした。今思えば、初めて神都(カムトタオ)でお会いしたとき(注3)から、革命の予感(ヂョン)を抱いていたようですが」


道理(ヨス)の解るものなら誰でも予見できたことです。(チャク)(とら)えるまでに何年もかかってしまいましたが。ともかくこれで大カンは太陽(ナラン)に戻りました。ミクケルのごとく西(バラウン)から出て(ヂェウン)に没するようなことはないでしょう」


 言葉(ウゲ)の真意を量りかねて首を(かし)げたが、やがて思い当たると、


「ああ、そうですね。ミクケルは東征で人望を失ったのでした」


「エルケトゥ・カンはおそらく草原(ミノウル)随一の猛将(バアトル)だが、戦は好みません」


「喜ばしいことです。これで(ウリダ)(ブルガ)に専念できます」


 チルゲイはふとまじめな表情になると、


「南というとヤクマン部ですか。ハーンに申し上げておきますが、かのヤクマン部にも多くの好漢があります。ことを構えるにあたってはそれをお忘れなく。仔細は神道子ナユテにお尋ねください」


(エレグ)に銘じておきましょう」


 インジャの言うとおり、ウリャンハタ部の革命はジョルチ部にとっても大きな意義があった。西からの脅威を脱した今、宿年の仇敵(オソル)であるヤクマン部と対決することに支障がなくなったのである。


 万里の長城(ツェゲン・ヘレム)の彼方に広大な領土を持つ梁帝国と結んだトオレベ・ウルチのために、ジョルチ部は三十年に(わた)って内乱(ブルガルドゥアン)を戦い続けてきた。


 すべての争乱の元兇はヤクマン部である。部族(ヤスタン)の誰もがトオレベ・ウルチを深く恨んでいた。これを除いて中華(キタド)の干渉を逃れなければ、草原(ミノウル)に真の平和(ヘンケ)はない。


 これより草原(ミノウル)の歴史は、この中原の二大族の抗争を軸に展開することになる。諸方に散らばる好漢たちも否応なく巻き込まれていく。


 革命を終えたばかりのウリャンハタの諸将とて例外ではない。チルゲイやシンは想像もしていないが、もたらされた一報が彼らをも中原の抗争に取り込んでいく。


 まさしく戦火の西に収まればまた東に起こり、乱世の宿運(ヂヤー)はまことに量りがたい。大族争えばたちまち宿星(オド)は運行を速めて(めぐ)り回って主星に応ずといったところ。果たして数多の好漢を待ち受けるのはいかなる運命か。それは次回で。

(注1)【カントゥカの武威】山塞で敗れて撤退する際、殿軍としてアネクらと対峙した。第三 一回④参照。


(注2)【驚くべき報せをもたらす】神都(カムトタオ)のサノウ邸でチルゲイがインジャに何か起きることをほのめかしたこと。第二 七回①参照。


(注3)【神都(カムトタオ)でお会いしたとき】インジャがサノウを招聘するべく神都に遊んだとき、大路で歌うチルゲイに()った。第二 六回③参照。

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