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草原演義  作者: 秋田大介
巻一
31/783

第 八 回 ③

諸将十面に埋伏してサルカキタンを(とりこ)にし

六駒忠義を貫徹してインジャを嘆ぜしむ

 インジャはひとまず軍勢をまとめると、セイネンに言うには、


「ジュマキンを生け捕りにしたはよいが、サルカキタンは逃したな」


「心配は要りません。シャジ殿に追わせております。さらには先に配したズラベレン三将がいますから、到底逃げられません」


 インジャはおおいに感心して、


「それにしてもこの勝利、いまだに信じられぬ。ベルダイ右派(バラウン)を相手にかくも痛快な(ソオル)ができようとは。君の用兵は鬼神(シュルム)のようだ。これまでの草原(ミノウル)では見られない戦ぶりだ」


 讃えられたセイネンは小さく首を振ると、


「それほどのことではありません。偶々(たまたま)大勝を博しましたが、勝敗は兵家の常。いつもうまくいくとはかぎりません」


「謙遜しているな」


いえいえ(ブルウ)(ブルガ)に兵法を知るものがなかっただけ。私などもほんの少しこれを(かじ)ったに過ぎません」


 ますます感心して、


「兵法か。君はどこでそれを?」


神都(カムトタオ)に兵法の大家がおります。機会があって少々」


「ふうむ、その方にお会いしたいものだ」


「まことに残念ながら、すでに亡き人でございます」


「何と、それは残念だ」


 そこでセイネンが(ヌル)を上げて言うには、


「しかしそれに代わるものなら存じております。私とともに学んだもので、用兵はおろか天文、地理、占卜にまで通じております」


「君と比べてどうだ」


「私などは及びもつきません。兵を語らせれば、おそらく草原(ミノウル)に比肩しうるものはないでしょう」


 インジャは俄然興味を掻き立てられて、


「その方を招くことはかなわぬか」


 問えば、急に言い(よど)んで、


「できなくもないとは思いますが、そのぅ、その男は少々難がありまして……」


 そこへナオルが、捕らえたジュマキンを引っ立ててきた。それに気づいたインジャはあわてて駈け寄り、その縄を解く。ジュマキンはおおいに驚いて、


「何をされる」


 拱手してインジャが言うには、


「我々は将軍に刃を向けはしましたが、決して本意ではありません。自らの身を護るべくやむなく(ウルドゥ)を取ったのです。よろしければ私の話をお聞きください」


「敗軍の将に何を言うことがある。さっさと斬るがよい」


 それを(なだ)めて、


「まあまあ、お聞きください。今、草原(ミノウル)は乱れに乱れております。ジョルチ部にはハーンもなく、諸氏は放埓(ほうらつ)のかぎりを尽くし、血縁(ウイエ・カヤ)にも信なく、昨日の(イル)は今日の敵という有様。このままでは内にあって安からず、外にあってはなお(あや)うい。このような状況を憂えているのです」


「……それで、貴公はどうしようというのだ」


「同じ部族(ヤスタン)として、ともに草原(ミノウル)に生きるものとして、平和(ヘンケ)を望むだけです。トオレベ・ウルチの謀略よりこの方、我々は多くの(ツォサン)を流し過ぎました。同族で相争う(ブルガルドゥクイ)のは終わりにしたいのです。そのためには部族(ヤスタン)を再び強力に結びつける(クチ)が必要です」


 ジュマキンはなおも警戒を解かず、


「貴公がそれをやるなら、いくら美辞麗句を並べても私欲のためと云われようぞ」


 インジャは(セトゲル)の底から驚いて、


「私が? とんでもない! そのような才略(アルガ)も徳もありません。然るべき人が現れれば喜んで従うつもりです。今はまだそのような英雄に巡り会えないので、恥ずかしながら上席を汚しているまで、何の私欲がありましょう」


 サルカキタンのもとに在ったジュマキンは、これまでこのようなものに会ったことがないのでわけがわからず、


「俺にそのような話をしてどうするのだ」


 インジャは居住まいを正して、


「ご賛同いただけるなら、フドウに留まって若輩の我々を導いていただきたい。これは居並ぶ諸将みなの願いです」


 ジュマキンは色を成して首を振ると、


「それは二君に仕えよということか! それはできぬ」


 ナオルはじめ入れ替わり立ち代わり説いたが、頑として聞き容れない。みな残念がったが、何と忠義(シドゥルグ)の将よと感嘆もしたのであった。


「将軍のお心(オロ)が変わらないのであれば、やむをえません」


「では斬るがよい」


いえいえ(ブルウ)、将軍のような真の好漢(エレ)を斬ったとあっては大きな恥。しばらく我々の歓待を受けてください。帰るのはそのあとでも」


 ジュマキンはそれすら固辞した。しかし諸将が懇願したのでしぶしぶながら承知したが、それはさておく。




 さて逃げるサルカキタンとシャキは迷いに迷った挙句、やっとメルヒル・ブカの出口に近づいていた。と、そこに一隊の人馬が現れる。先頭の将はこれぞズラベレン氏の猛者、コヤンサン。


「待ちかねたぞ。その首を置いていけ!」


 敗残の主従はあわてて道を戻ろうとする。と、背後にもわらわらと軍勢が現れた。率いるはジョンシ氏の宿将シャジ。


「潔く(アクタ)を降りるがよい!」


 サルカキタンは生きた心地もしない。

 シャキが言うには、


左の丘(ヂェウン・ドブン)に登って逃げましょう」


いや(ブルウ)、我が命運(ヂヤー)もこれまでだ」


「弱音を吐かれますな! (アミン)があれば、また再起もかないます」


 その言葉(ウゲ)に何とか力を得て、馬首を(めぐ)らす。


「まだ諦めぬか、笑止な」


 コヤンサンは余裕綽々でこれを追う。


 主従は丘の上に至って、我が目を疑った。すでに眼前に兵が展開しており、彼の姿(カラア)を認めて一斉に喊声を挙げる。


 追いついたコヤンサンが言うには、


「ははは、ここではイエテン、タアバ、タンヤンの三将がお前の来るのを楽しみに待っておったんだぞ。諦めるがよい」


 ついにサルカキタンは膝を屈し、シャキも馬を降りた。コヤンサンは二人を縛らせると、諸将と(くつわ)を並べてインジャのもとへ向かった。

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