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草原演義  作者: 秋田大介
巻六
307/783

第七 七回 ③

シン・セク小虎公を救って聖知に(まみ)

スク・ベク麒麟児を(たす)けて蛮勇を討つ

 ウリャンハタ軍はおおいに喜んで金鼓を打ち鳴らすと、まずは左翼(ヂェウン・ガル)からタクカが躍り出る。得物はひと振りの(ウルドゥ)(アクタ)を飛ばして、いきなり打ちかかる。


 ササウェイは余裕を持ってこれをあしらう。次々と剣を繰り出すも、


「ぬるい。そんな(エルデム)では俺は斬れぬぞ!」


 そう叫ぶや金剛球が唸りを挙げる。があんという音とともにタクカの得物は空高く()ね上げられる。タクカは青ざめて馬首を(めぐ)らすと、


「なるほど、やはりお前は無智蒙昧(ハラング)の輩だ」


 言い捨てて一散に逃げ戻る。ササウェイはおおいに怒って追わんとしたが、


「待て! 俺が相手だ、無能(アルビン)め!」


 そう呼びかけつつ、カムカが黒塗りの(ヂダ)を掲げて突出してくる。ササウェイは、やはり怒って今度はカムカへ向かっていく。


 両雄は激しく闘ったが、さすがの牙狼将軍(チノス・シドゥ)も次第に押されはじめる。カムカは一撃を繰り出すと、さっと離脱(アンギダ)して言った。


「さすがに強力(クチュトゥ)だ。(テリウ)の中まで(マハ)が詰まっている奴は違う」


 またしてもササウェイは逆上する。そこへ今度はシンが馬を飛ばしてきて、


「こののろまの大牛(ウヘル)め! 俺と勝負だ!」


 幾度も幾度も侮辱されたササウェイの面は紫色(カラムバイ)に変わる。口腔(アマン)からもはや言葉(ウゲ)にならない咆哮を(ほとばし)らせると、金剛球をぐるぐると回しつつ麒麟児に猛進する。


「まるで(アラアタヌイ)だな」


 シンが呆れて呟く。迫るササウェイの形相は凄まじく、さすがのシンも(オロ)を引き締めて手綱(デロア)を握る。アサンから必勝の策を授けられていなければ、気圧(けお)されていたかもしれない。


 いよいよ敵将が近づくと、さっと馬首を(めぐ)らせて、


「さあ、ついてこられるか。この肥満(タルガン)め!」


小僧(ニルカ)が! 目上に対する礼を教えてやる!」


「ははっ、礼を説くような面か!」


 適当な間隔を保ちながら、さらに罵言を投げつける。ササウェイは躍起になって追い、シンは逃げ続ける。ササウェイは怒り(アウルラアス)のあまりすでに何も見ていない。ただシンの(ノロウ)を見てひたすら追ってくる。


 シンは自陣の前まで駆け戻ると、


「ころや善し!」


 とて(にわ)かに振り返る。その(ガル)にはひと振りの強弓。構えるや(ニドゥ)にも留まらぬ早業でひょうと放つ。


 たん、と乾いた音がしたと同時にササウェイの巨躯がぐらりと傾いた。


「な、何だと?」


 見れば(マグナイ)に深々と矢が突き立って(カドゥグタダアス)いる。ウリャンハタの(トイ)から大歓声が巻き起こった。


 が、次の瞬間、それは驚愕の悲鳴に変わった。


「小僧どもめぇぇっ!」


 落馬するかと思われたササウェイが、ぐっと踏ん張って身を起こしたのである。そのまま麒麟児めがけて突っ込んでくる。


「嘘だろう?」


 あわてて二の矢、三の矢を繰り出せば、ことごとく命中する。兵衆も矢の(クラ)を降らし、その巨躯には次々と矢が刺さる。が、意に介する様子もなく突進し、シンとの間合いは指呼の間に迫る。


 驚きあわてるシンの横にふと人の気配がしたかと思うと、


「並の矢じゃ無理だ」


 そう言って一騎飛び出していくものがある。彼はササウェイに正対すると、手にした長槍(オルトゥ・ヂダ)を掲げて、


「これでも喰らえ!」


 渾身の(クチ)を込めて投げ放つ。それは眼前に迫っていたササウェイの(ビイ)を貫き、刀身は背中から飛び出した。


「どうだ、長槍の味は!」


 これにはたまらず身を屈し、どばどばと大量の(ツォサン)を吐いて落馬する。今度こそ陣中から大歓声。倒れ伏したササウェイに駆け寄って、胴から長槍を引き抜いたものこそ誰あろう、一角虎(エベルトゥ・カブラン)スク・ベクであった。


「おお、スク! 傷はもうよいのか?」


 シンが駆け寄ると、顔中に巻かれた(フルテスン)の下で笑って、


「俺の(ハマル)(ゆが)むようなことがあれば、殺す(アラハ)だけでは飽き足らぬわ」


 ともかくこれで士気はテンゲリを衝かんばかりとなり、クル・ジョルチ軍はどっと浮足立つ。アサンがすかさず総攻撃の合図を出せば、旌旗(トグ)がうち振られ、金鼓がテンゲリをどよもした。わっと喊声が挙がり、馬蹄(トゥル)の響きがエトゥゲンに轟く。


 セイヂュクはこれを支えるべくもなく、瞬く間(トゥルバス)に敗走した。アサンは帰還した諸将を迎えると、感慨深げに言った。


「それにしても人知を超えた将というのはいるものです。麒麟児の一矢で易々と殺せると思ったのですが」


 シンが答えて、


「それよ。あれは人じゃない。やはり化物だ」


 ササウェイを(ほふ)ったスク・ベクの名は一躍高まり、クル・ジョルチの間でも勇将として広く知られることとなった。

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